聴こえてくるのは、雨の音。

ある意味、避暑地(自分だけ)

キミの話-第四章 vol,10

今年の春、気晴らしに東京に行った。2019年の15年目、今年も不思議な年だった。春、上京した時には15年ぶりにマサトに会った。変わってしまう前の私を唯一知っている人だった。私が自分で、あれは恋だった、と呼べるのは人生の中で二回しかなくて、一人は初…

キミの話-第四章 vol,9

その年私の体がとうとう悲鳴をあげた。何も気づかなかったわけではない。おかしいおかしいと言い続けていたが具体的に何が悪いだとかどこが痛いだとかいう事が絞れないでいた。ただただおかしかった。どの病院にいっても子宮を失った事によるホルモンのバラ…

キミの話-第四章 vol,8

娘は誰の予想をも裏切って、ぐんぐんと成長した。確かに私たちも同じように頑張ったがあれは本人の生きる意志だっただろう。えらいのも頑張ったのも私たちより本人である。三女はやっぱり他の姉妹のどの子よりも粘り強く負けず嫌いで、出来ないことがあると…

キミの話-第四章 vol,7

後から聞いた話だったが、私が出産で手こずっていた間、産んできますと言ったきり私が現れなくなってしまったSNSには、可愛い赤ちゃんはまだかまだか、と友達が押し寄せていた。更新したくてもあのような状況で更新できなかった事、それから何日も眠らずに腑…

キミの話-第四章 vol,6

病院から病院までの距離は高速道路を使用して約2時間。その時には"疑いあり"、実際には確定。私の血液は外にもどんどん流れ出たし、腹膜にも流れ込んだ。状況としては、もし自力で出せないようなら腹を掻っ捌いてでも、その覚悟があったのでそれでも子が腹か…

キミの話-第四章 vol,5

私たちの浜松生活はそう長くは続かなかった。いつも太陽は高く、洗濯物はカラカラに乾いて海辺の傍はとてもお気に入りだったけれど、あの年はその場所が問題となった。その頃私が頻繁に動かしていたのはmixiで、友達だけの括りを入れていたので限定公開だっ…

キミの話-第四章 vol,4

次女が無事に産まれた。仕切り直しの新しい人生、どうなるかは解らなかったけれど関東を離れる事にした。私のメッセンジャー時代が過ぎてしまってからは、それさえあまり起ち上げる事をしなくなった。ログインしない亮介のアカウントを眺める事が辛かった。…

キミの話-第四章 vol,3

圭吾はそんな事を考えても時間は巻き戻らないし、いなくなった者は戻ってこないからもう余計な事は考えない方がよいと言った。それはそうだろう。もしその出来事が、私の考えるように事故でも自殺でもないとしたらその責任はどこにあるか問われる事になる。…

キミの話-第四章 vol,2

長女が生まれて初めて迎える新年の事だ。主人の実家に初孫のお披露目に行った。雪がよく積もる地域で東京から訪れると震えあがるような寒さだ。あれから何年たっても、こんな時期に来るんじゃなかったと後悔するような、そんな寒さがある。 新年を迎える前に…

キミの話-第四章 vol,1

私たちは結婚した。周りは愛されて結婚するなら幸せだよ、と言った。結婚は愛し合ってする物だ、と言うと、もう誰も二度と愛せない体質のくせに?と友達は笑った。そうだろう。私は世の中の上から下までを眺め過ぎた。でもその感情があまり上下しない状態は…

キミの話-第三章 vol,13

あの時は自分の意思と反して色々が進み、あれよあれよという間に身の周りが片付いて固まった。まさしく、夢のような。 約束通り、私の代わりにバイト先に話に行くと言い出した。とても心配になったのは私の前に何人かが辞めたいと申し出た後に血まみれになっ…

キミの話-第三章 vol,12

誘われたので断る理由もない、と、和食を食べに行った。寒い日の横断歩道の向こう側で背を丸めて、寒い寒いと言っている人がいる。革ジャンを着てた。 どうしてこうも、待ち合わせする人する人、パンクだのロックだの……私はクラシックが好き、と思って、あ、…

キミの話-第三章 vol,11

夏も過ぎ、冬を越して春になった。そろそろ最後の仕事から半年になろうとしていた。いつのまにか30になってしまった。誰にも祝われないまま、30に。昼は派遣、夜は打ち込み、その他、家でのサクラのバイト。独り暮らしを始めてからは遊び友達もセフレいたし…

キミの話-第三章 vol,10

「……で、お嬢ちゃんにそれを頼みたいんだけど。」 『え?あぁ、解りました。それだけですか?』 「そうだよー?なんでぇ?」 『いいえ、あの、もっと難しい仕事かと思って…』 「お嬢ちゃん手放すのは惜しいんだけどねぇ…。あんたみたいな子が実は一番こわい…

キミの話-第三章 vol,9

遠藤さんは以前とは違う場所に住んでいた。一年、といっても人にはやっぱりそれぞれの変化があって、知らぬ間に色々が進んでいくのだから何かが成長するなんてすぐだ。 『ひさしぶりー!』 「ひさしぶりー!」 初めて降りた都内の駅、遠藤さんの家の最寄、そ…

キミの話-第三章 vol,8

『寺田さぁん、私ね、お部屋、探そうと思ってるの。あれから一年近く、死にたい死にたい言いながら、だぁれも私を殺してくれなかったし、もう死にたいって思うのも天に任せようかなぁって思い始めたのね。だから、足、洗わせて?』 寺田さんは少し黙った。ふ…

キミの話-第三章 vol,7

毎日そんな生活を送る中、それでも一度は受け取った仕事、と、どのプロフェッショナルともそれなりの会話が出来るように勉強もしたし色々にぬかりはなかった。やるとなったら完璧に近いまでには持っていく、私の社会人生活は無駄ではなかった。これほどに華…

キミの話-第三章 vol,6

ファッションヘルスなんかとは全く違い、デリバリーヘルスの仕事は妙に楽しかった。全く楽しい事をしていないのに、やたらと楽しかった。何の変哲もないマンションの一室を待機部屋として使用している店が多い。お客さんから電話があって決まった女の子のご…

キミの話-第三章 vol,5

新宿の地下に潜った仕事はいつでも退屈だった。階段を下りたその先は薄暗く、隣の部屋との上と下が開いていて、それらの声が漏れて聞こえないようにガンガンに派手な音楽が鳴り響き、男物のYシャツみたいな一枚を与えられ、部屋には小さなシャワールームと簡…

キミの話-第三章 vol,4

誰からの着信にも一切でなかった。住所不定、無職、更には妊娠中。人を殺めた罪。目下悩みは、産むか堕ろすか。産婦人科の前まで行っては、やっぱり出来ない、と引き返す。ならば死んでしまった方が早い。一緒なら困らない。あっちの、世界を超えたどこか遠…

キミの話-第三章 vol,3

警察に保護された私を迎えに来てくれたのは遠藤さんで「あんた…」とあきれ顔だったけれど私を怒ったり叱ったりしなかった。 『私多分死んじゃった方がいいよ…ごめんね』 遠藤さんは何にも言わなかった。 「そいえばさぁ、いつこっちの部屋、引き渡すって?」…

キミの話-第三章 vol,2

遠藤さんが部屋をあとにしてから一人であの部屋にいるのも耐えられなくなって明け方に表に出た。秋を迎える気配の澄み渡ったしんとする駅前に、初めて私を待っていた時の亮介を思い出し、ガードレール代わりの手すりを触りに行ったり、二人で歩いた道を珈琲…

キミの話-第三章 vol,1

羽田から家に到着するまでの道のりをよく覚えているようで、あまり覚えていない。記憶、というのはその物を記憶しているというよりも、色が・光が・匂いが・温度が…と体中の五感を総動員してインプットされる物らしい。最近はてんでダメになってしまったが当…

キミの話-第二章 vol,19

一連の事は終わったものの、いつ戻ればよいのかも解らないしこれからどうしていけばよい物か、と、亮介のいない亮介が育った場所で考えていた。あの頃はしっかり眠った、という記憶がない。暗闇の中でもずっと目が開いていて、全ての感覚がおかしかった。急…

キミの話-第二章 vol,18

亮介の待つ家に戻る前に黒い服の上下を駅前で購入した。喪服なんて買う気にもならないし、買ったら色々認める事になるし、元々黒なんか着るような、持つような、そんなタイプでもない。何でもよかったし、どれでもよかった。どうせ一回着たら捨てる。見た目…

キミの話-第二章 vol,17

"同じ釜めし会"の開催かと思うような状況で大勢が弔問して頂ける中、あの場にいても亮介の傍にいさせてもらえるわけでもなく、訪れる人達に対し亮介家族からは私はいない扱いにされ、むしろ、何故あんな厄介者がうちにいるのだ、はあっても、人らしさのある…

キミの話-第二章 vol,16

その話の時、二階の部屋に、三谷君がいた。もうすぐ池端君が来るという。三谷君は私の顔を見るなり話が聞こえていたが大丈夫かと聞いた。私は何が?と聞いた。三谷君は物凄く心配してた。私はもう自分でも説明しがたいような、どこか自分が自分ではないよう…

キミの話-第二章 vol,15

数日前、数時間前の私たちはまだ病室にいたはずだった。知らない街の知らない病院の緑色したリノリウムの床は足音を吸収し、靴を脱いでぺたりぺたりぺたり。その廊下は霊安室に続いていて、靴を履く気にもなれず、サンダルを脱いでぺたりぺたりぺたり。 「あ…

キミの話-第二章 vol,14

声が出なかった。目に映る物が目に映っているようでよく解からなかった。あれは何?あれ、誰?何も言わずに一度外に出た。扉を閉める。もう一度入る。何も変わらなかった。人のする事を何か言いたげな、じっとりとした目が6つ、こちらを見ている。 透明な、…

キミの話-第二章 vol,13

嫌な胸騒ぎしかしなかった。電話をしても電源が切れていた。何回も何回もかけてみるけど結局電源が入らなかった。遊び惚けている場合ではない。どう考えても様子がおかしい。ここ数日の様子、素行、それら全てがおかしい。反対されまくってもう面倒くさい、…