聴こえてくるのは、雨の音。

ある意味、避暑地(自分だけ)

キミの話-第四章 vol,4

次女が無事に産まれた。仕切り直しの新しい人生、どうなるかは解らなかったけれど関東を離れる事にした。私のメッセンジャー時代が過ぎてしまってからは、それさえあまり起ち上げる事をしなくなった。ログインしない亮介のアカウントを眺める事が辛かった。ログを読むのも胸が痛かった。起ち上げるといるのにな。名前はグレーになったままだった。もう永遠に動かない。

 

2006年にはまだ招待制だったmixiは、2009年には登録制に移り変わり、あれよあれよと時代も過ぎていく中での事、メッセンジャー時代の友達がそちらに集うのにそうも時間はかからずで、いつもネットの向こうには仲間がいた。実際に会える関東在住の友達は少なくなるにしても、それがある事であまり寂しさという物は感じなかった。

 

次女妊娠中から主人とよく話し合っていたのは、独立するのに同じ場所でやっても二番煎じと呼ばれてしまうだろう事や、子どもを外で自由に遊ばせたかった事、ある程度都会であってある程度田舎、二人目が産まれたらお互いに行った事もない場所で一からスタートしようという話だった。それに、主人は一番に、私が送った一年間の事を気にしていた。このままここに置いておくのは私の為にも宜しくない、そんなような事を言った。

 

言っていたが…まさか本当に家まで見つけて私の知らぬ間に契約していたとは思わなかった。4月の11日に次女を産んだばかりだった。27日の夜にはもう、新しい住居となる浜松へ、家族で移動する為の車に乗っていた。まだまだ悪露があったので深夜に立ち寄ったサービスエリアで下着を上げ下ろしする手も姿勢も、体がそこら中痛くてバラバラになってしまいそうで、引越そうとは言ったけど何もこんなに急がなくても…そう思いながらトイレついでに珈琲を買った。深夜のサービスエリアでニュースが流れていた。

 

「今日のニュース、次のニュースです。時効制度の廃止案が昨日27日、賛成多数で可決、成立しました」

 

熱々の珈琲を持ったまま、そのニュースに耳を傾けた。このタイミング。このタイミングで。あっけにとられていてテーブルに置くのを忘れた。

「あっっっっつ!」

紙コップに触れていた薬指をやけどした。

 

私に色々があった街と出来事を捨てた日。私達のあの日々も悔しさもこれまでか、そう思っていたところ、頭上でそのニュースが鳴り響く。違う、これから始まるのだ、そう思った。亮介はいつでも、私を楽しませてくれる男だった。いやいや、みゆちゃん、これからよ?そんな風に言いそうだ。彼はいつでもカッコいい。

 

妊娠中にはやめていた煙草が急に吸いたくなって煙草を買いに売店に行ったら、好みの煙草は売り切れていたので、おめでとうといつもありがとうの感謝を込めて、亮介がいつものアメスピがない時に買う煙草を買い、夜の中、深く吸い込み、ゆっくり吐いた。

 

あまりにバタバタとしたせいか、そこから数か月は気管支をやって外にも出かけられない程に悪化してしまったが、新しい生活は楽しかった。家のそばには海もあったし、庭続きとさほど変わらぬ海岸で子供たちとよく時間を過ごした。一人の時間は一人の時間で砂浜を散歩したり、仲の良い友達もご近所に出来て、太陽はいつでも高く上りゆったりとのんびりと時間が過ぎて、相変わらずお金はなかったもののそれでも、暮らしている人たちの性格も朗らかでとても良かったし、今でも機会があればまた住みたいと思える街だった。

 

関東からも、その街からも離れてしまってから一度立ち寄った時には、あの頃のように防波堤はもう低くなく、頭上高く聳え立つ物に姿を変えてしまっていたが、それでもやっばり久しぶりに訪れた時にはとてもいい街だった事には変わりがなかった。

 

私達夫婦は色々あったけれど、それでも普通の夫婦でよく喧嘩もした。喧嘩をするたびに、亮介を思い出して泣いた。戻りたい、戻りたい、なんでいなくなったの…よくそうして泣いた。いつまでも彼の存在が薄れないでいる事を、よくも知らない人間は、今の旦那に失礼だ、そんな風に言う声もあった。それも理解して結婚を決めたのは主人だったし、私達にどんな日があったのか、誰にも言えずに疑念を抱える日々がどんな物だったか、どんな風に傷つけられてどれ程まっすぐ歩けなくなったか、何がきっかけで結婚する事になったか、よく読むがいい。ふざけんな。簡単に言うな。どれだけの事があったと思っているのだ。くだらねぇ事でチャチャ入れてる暇があるんならお前らそれ程に愛してくれる人間でも見つけて来いよバカ、その程度にしか思っていなかったが、言いたい人は好き勝手に言った。

 

結局自殺して死なれたくせに、そう言ったバカには本当によく読んで頂きたい。お前のだいじな人間が亡くなった時には言ってやる。いつまで引きずってんの?やばくね?ってな。

 

やっと今その話が出来ている。何も知らない奴がちょっとかじった程度で知ったように言うべきではない。前向きにありますように、誰かの為に寄り添ったり祈ったりする事をしらねぇのか、と思う。しかし私にはそんな連中が、私以外にもその風情で近寄って嫌われていたって全く関係ないし、そんなんだから人に嫌われるんじゃねぇの?としか言わないけどね。

 

 

砂浜が近いのでイライラしたらよく走り込みに行った。走り込んだら息があがって何も考えなくてもよくなる。イライラしたら走る、浜松時代からそうだ。ある日、砂浜を走っていた時の事。砂浜で何かを燃やしている若い子たちがいた。浜松はブラジル人が多く、ブラジル人学校もあるくらいだ。彼らはとても頭がいい。頭がいいので悪い事をするにもなかなか高度な事をする。それを嫌う人もいたりした。若いといったらやっぱり悪い事をしたがるものだ。本当は浜で焚火なんかしてはいけない。危ないではないか。中の一人が何かをビャーーーーっとかけるとその火がボワッと燃え上がった。体に火がついたりしたらどうするの……怖い怖い。近寄らない方がいい。

 

次の日散歩に出た時、その場所にさしかかった。ある一部分が黒焦げになっていて、かからなかったところは普通に燃えた、そんな感じの焼け跡だった。木や石が黒く焦げていた。zippoオイルか何かをかけたのかな?と思った。近くにマスタードのボトルのような口の尖った容器が落ちていた。これか…。キャップをあけて中の匂いを嗅いでみた。オレンジ色したガソリンだった。

 

ガソリン……。灯油は透明だ。ガソリンには色がついている。zippoオイルだとしたら体中に浴びる、足跡がつく程に浴びる、そうするとなかなかの量がいりそうだ。ガソリンならば携行缶があれば用意できる。傍にスタンドがあっただろうか?それとも農協。どちらにしてもあのような物を徒歩で買いにいけるわけがない。亮介は運転免許をもっていない。運転の出来る人間が買ってきて置いていた、もしくは農機具用の燃料として…。

 

それこそだ。それこそ、そもそも灯油?灯油だったの?灯油なんかが漏れ出たからといって、そんな物に火がつくの?そんな事を言ったら、冬、ヒーターの灯油をタンクに入れる時、手元とは逆に給油窓があったりして満タンに気づかずに溢れさせて手が汚れる、さっさと乾いてしまうので手も洗わずに煙草に火をつけて、指が鼻先に近づいて初めて"あ、手ぇ洗ってないや…"そう気づくこともある。あんな事になるのなら、この時点で私にも火がついていないとおかしくないのか?

 

灯油が燃えて、あんなに全焼してしまうなら、納屋の中に漏れ出た灯油に先に火がついていないとおかしいのではないか。亮介は火だるまの状態で助けを求めたのかなんなのか、その状態で家に突っ込んでいる。という事は火の出どころは本人になる。まさか一気に爆発したのだとしたら、その前で煙草を吸っていたのだ。吹っ飛んでしまって助けを求める暇もなく気を失っているだろう。

 

火種が先に逃げている。灯油だった場合、納屋も全焼するようなそんな事があり得るのだろうか?ガソリンならば、火が這って納屋へ移動し本人が離れてもメラメラと燃えるだろう。本人の火をみんなで消している間にも納屋が全焼、あり得なくない。

 

自殺だったとしたら、自分で火をつけておいてから誰かに"助けてくれ"はないだろう。思った以上に熱かった、そんな陳腐な発想でその行為に及ぶようなバカではない。頭はピカイチきれる人だ。それに。亮介は、自分で自分を切れない、だからペットを飼っている、といった男だ。自分で自分を傷つける事が出来ないから、仕方がなくても生きていた男だ。そんな人が誰かと一緒に逃げようとしているのに、自殺はしない。

 

この時点で、自殺の線はゼロになった。灯油か、ガソリンか。

 

あり得るとすれば、誰かが亮介にガソリンをかけた。それから仏間に火を取りに行った。それから彼に火をつけた。だいたい、おかしな話だ。彼が納屋の前で親に隠れて煙草を吸っていたのが火の出どころであれば、その時、手元に火があったはずだ。仏間へわざわざ取りに行く必要がないのである。石器時代の人間でもあるまいし、ライター程度は持っていたはずだ。亮介以外の誰かが亮介に火を放ったのであれば、その人は、煙草を吸わない人間だろう。煙草なんて吸って、という側の人間だ。

 

煙草を吸う人間というのは、手元に煙草がなくてもどのタイミングでも空き時間があれば購入して吸えるようにポケットやバッグにはいつでもライターだけは持っている。コンビニ前から電話してきた亮介が隠れて煙草を吸えたのは、ライターをポケットに持っていたからだ。ライターまで毎回買うような事をしたら、それこそライターばかりが増えて、煙草を吸っていた事がバレる。あのヘビースモーカーがライターを持たないなんて事自体考えられないし、彼はいつも胸のポケットかズボンのポケットにライターを入れていた。いつも一緒だったから、煙草を切らして買いに行っては、その場で、あぁ、いますぐ吸いたいのに火がないわ、財布しか…と言うと、んー、と言いながら出してくれた。

 

あの子の全部を知っているなんて思わないで頂戴!糞ババアが最後の最後に私の頬を張ってそういったけれど、残念な事に私は、亮介の何から何までもを知っている。ずっとそばにいたのが、この私だから。