聴こえてくるのは、雨の音。

ある意味、避暑地(自分だけ)

キミの話-第二章 vol,16

その話の時、二階の部屋に、三谷君がいた。もうすぐ池端君が来るという。三谷君は私の顔を見るなり話が聞こえていたが大丈夫かと聞いた。私は何が?と聞いた。三谷君は物凄く心配してた。私はもう自分でも説明しがたいような、どこか自分が自分ではないような気分でいたので、後は流れに任せようと思った。死ねと言われるなら今すぐここで、喉元掻っ切ってやったって痛くも痒くもないのだ。

 

池端君は、同じ釜めし仲間だが彼だけは進学はせずに地元で若くして社長をやっているのだと言っていた。正しい葬儀なんて物をよく知らないが、亮介の時には確か病院の霊安室を早くあける必要があり、しかし遺体の損傷が酷いために身繕いや死化粧などはどうするかが決まらず、一度斎場の安置室に運び込まれ全てそこで賄われた後に一度自宅に戻り、また葬儀場に出て通夜と葬儀、だったように思う。

 

池端君はまだ亮介に会えていないので斎場の安置室に行くといったので私も連れて行って欲しいと言ったら、付き添いが必要だろうから今晩は自分達三人に任せてくれないかと三谷君が代表して両親に掛け合った。私だけなら絶対にOKはしなかっただろうが、三谷君や池端君がそういうなら、という事と、私を家に置かなくてもよいという事に安心したのだろう、了承してくれた。

 

池端君は車の中で私にこう言った。

 

「僕は進学しませんでした。僕だけ進学しませんでした。実家の家業を継ぎました。他の人間は皆、それぞれ大学に進学しました。次は大学院でしょう。皆、日本を代表する優秀な人間になると思います。でも僕は、進学せずに、こんな田舎で実家の家業を継いでいます。みんな不思議がります。僕はみんなと違って学校を楽しいと思った事がありませんでした。僕は虐められていました。背も小さいし、成績も悪いし、人付き合いも上手ではない。完全に落ちこぼれでした。僕の事をみんな見て見ぬふりをしました。勉強に忙しい連中ばかりでしたからね。そんな事に手を貸して、自分がまきこまれるのなんて、誰だってごめんですよ。

 

でも、亮介だけは違いました。あいつだけは違いました。僕の為に、物凄い怒って、お前らそれでいいのかと周りに訴えました。僕は学校を辞めたいと思っていました。普通の学校でいいから、もう全寮制はやめて…なんたって24時間ですからね。普通の学校の時間でも虐められるのは厳しい、それが24時間です。亮介は、ここまで耐えて頑張ったのに将来を棒に振るつもりか、お前がやめる気なら俺もやめる、そこまで言ってくれました。亮介が僕を連れて歩くから、僕はみんなと仲良くなれた。僕は死にたいと思っていました。でも亮介がその時も、お前が死ぬなら俺も死ぬ、と言いました。だから僕はそれを選べませんでした。本当に、亮介は本気でそうする、と思いました。みんな進学して、それぞれに別々の道に進みましたが、亮介だけは毎月、進学しなかった僕に、仕事の事を聞いたって解らないだろうに、今どうしてる?会社はうまくいってるか?と連絡をくれました。それはずっと続いていました。でもこの間はなした時に、もう俺がいなくても大丈夫だろうと言われたんです。どういう意味なのか、心配になりました。そしたら亮介が、自分にはだいじな人が出来たから、大学はやめて結婚するつもりだ、あれだけお前の事を引き留めたのに、俺はやめようとしている、でも、それくらいに大事な人ができたんだよ、と言いました。僕たちは…僕だけが、いま、生きてます。亮介が死ぬなら俺もそうする、と言えない自分が、悔しいです」

 

と彼は泣いた。亮介は、そんな事を望むような人間ではない、亮介が助けてくれたのならその命を大切にするべきだ、と彼に言った。その時に、私もそう思えれば良かったが、彼を殺したのは私の認識が甘かったからだと信じていたので、私こそ絶対死ぬべきだ、と思っていた。

 

病院であったばかりなのに亮介は減るどころか爆発寸前まで膨らんでいて、御相撲取りさんが着させて頂くようなサイズの大きな浴衣を着ていて、私があまりにそこにある姿に普通に接するものだから、それをみて二人がずっと泣き、私はやっと二人になれたのが嬉しくてずっと話し続けた。居なかった間の事、麹町の蕎麦屋のバイトの日、そういえば会社の出向を遠藤さんが気をきかせて手配してくれたの、等と言い、それでようやく思い出し、その場で携帯をみたら携帯の充電はとっくに切れていたらしく、充電器を繋いで接続したら、凄い量のメールと着信を受信し始め、携帯のひづけ表示をみて、しまった無断欠勤だ……と気づいて、時間も見ずに遠藤さんに電話をした。

 

朝の二時近かったけれど、遠藤さんは電話に出て、最高に怒り、心配かけるな!と言った。ごめんね、亮介といま一緒にいて、今ここにいるんだけど彼、寝てるの、と言ったら、もう無事ならいいし切るよ、明日は仕事に来るんでしょ?と言うので、東京には戻ってないよ?と言ったら様子がおかしいと思ったのか、あんた大丈夫なの?と言った。

 

「大丈夫じゃないかも」と口にしたら、どっちが?と聞かれた。彼か、あんたか、どっちが大丈夫じゃないの?と聞くので、両方…と答えたら、もうダメになってしまいそうで、全部がダメになってしまいそうで、堪えていた色々が堰を切ってあふれ出し、もう死んでいる人を目の前にして「助からないかも」と言い、もう何を言っているのか自分でも解らなかった時に、三谷君がこれはいけないと思ったか、電話を代わってくれて外に出て話し、目を赤くして戻ってきた。彼も、きっと、説明すると現実を直視してしまうので困難だっただろうと思う。鼻をズルズル言わせながら

 

「仕事は心配いらないので東京に戻ったら、なんかあったら、絶対連絡すること、とのことでした。あなたの事をお願いしますと言われました。」

 

と教えてくれた。ボケーと三人で過ごしていたら、いつの間にか朝になっていて、糞みたいなババアが登場したので私たちは一度家に戻ります、と亮介宅に戻る事となった。

三谷君は、二階の、私が通されることのなかった亮介のいた部屋を見つけ、そこを見たら、枕が使われた形にへこんでいて、ああ亮介の頭がここに乗っていたんだなぁと思い、匂いを嗅ぎまくった。亮介の、頭の匂い。よく知っている、つむじの香り。

その枕の上に、一本だけ入ったマルボロの箱と、東京のpcからDLしたmp3が詰まったMDプレイヤーと、初めて出会った夜に投げていたキラキラしたマイダーツの矢が投げ出されていて、一気に力が抜けた。この世にいたり、いなかったりする。全部を盗んでしまうと、また糞キチガイのババアが喚き散らしてもいけないので、MDプレイヤーは形見分けで三谷君が、ダーツの矢は池端君が貰うという事にして貰い、煙草は私が勝手にバッグにしまい込み、今でも、15年たった今でも、死ぬ前の最後の一本として吸おうと思って取ってある。因みに、その時のMDプレイヤーは三谷君が私に持たせてくれた。

 

亮介は、あなたといたかったはずだから、と。

 

ダーツの矢は私の手元にはないので、きっと池端君が持って行ったのだと思う。なくても全て、きちんと記憶にあるので、よい。

 

そこから葬儀の間に一度、亮介は家に戻った。何日がたったのか、全くわからなかったし、極端に瞬きが減って、意識しないと目が閉じられなくなった。意識しないとたまに息が止まる。何から何まで意識する事が必要だった。同じ釜めし仲間がどんどん時間を重ねる毎に増え、何人かが私をみて

「あ、亮介のだいじな人だ…」と言ったのには驚いた。きっと本気で逃げようとしていたのだと思う。逃げてしまう前にみんなには、結婚式も何もないからね?という報告をしたのだろう。

 

私も皆と同じように話をしたかったし、輪にも入りたかったが、私と亮介は一緒の空間にはいる事は許されず、私は上へ、皆は下にいた。久しぶりに集う同級生たちに糞ババアは何を思ったのか、ひとつ前の毛深いさんがあの子の最後の彼女で、と自慢し始め、何人かは顔をしかめつつそれを聞き、何人かは相変わらず亮介の親は狂ってるなといい、何人かは私に気にしないようにと言いに来てくれた。

 

出棺の前の日の深夜、私はこっそり、亮介の寝ている布団に忍び込んだ。途中で、大きい方のおばあちゃんが私が一緒に寝転んでいるのをみつけ大声を出そうとしたので、どうせもう二度と会う事はないだろうと思い

 

『あんたいま、大声上げたら、知らないからね?』

 

と言ってやった。悪い噂を吹き込まれていたのか、即座に黙った。私は笑った。お前は昼間に、亮介の母親と一緒になって、あれは女のくせに煙草を吸う、と周りに言ってたろ。あの子の彼女は毛深いさんだったのにあの女が横から取ったんだと知ったような事を二人して言ってたろ。よく聞け。あの毛深い女は、亮介の元に、よその男と仲良くしてる写真を送ってきて、大学も卒業できるのかどうかわからない人に本気になるわけないじゃない、うつ病もちの精神病、と罵ったんだよ。本人に聞いてみろ。私は煙草しか吸わなかったが、あの毛深いのは、あの毛深さでよその男のイチモツを吸ってたんだよ、わかったか、バーーーカ。

 

私は亮介との二人の夜を楽しんだ。亮介は姿を変えてしまったし、もう動きもしなかったけど、私はやっと家族三人で寝転べて、本当に本当に幸せだった。ずうっと引き離されていたのだ。亮介はきっと、そんな姿を私には見られたくなかっただろうが、私は、とっても、満足だった。嬉しかった。口をこじ開けたら、まだ少し、口の中に尿がたまっていたので吸い出してやった。それから飲んだ。何かの感染症にかかって私も死ねればいいのに、と思った。

 

亮介と私が、それから二人の間の子供が、三人が同時にこの世界に存在した最期の夜だ。家族になって初めて一緒に過ごす、最期の夜だ。出棺の日は、さようならも、きちんと、言えなかった。棺に近寄らせて貰えなかった。私なんかはそこにいないように、全てが進んだ。亮介がいなくなってから、私が東京に帰るまで、風あたりはもっときつくなった。