聴こえてくるのは、雨の音。

ある意味、避暑地(自分だけ)

キミの話-第四章 vol,3

圭吾はそんな事を考えても時間は巻き戻らないし、いなくなった者は戻ってこないからもう余計な事は考えない方がよいと言った。それはそうだろう。もしその出来事が、私の考えるように事故でも自殺でもないとしたらその責任はどこにあるか問われる事になる。そうなった場合、圭吾にとっては血族の犯した罪になってしまう。私自身も圭吾にはこれ以上迷惑をかけられなかった。しかし、圭吾が許そうと許さなかろうと、事実は事実だ。正されるべきが沢山ある。あの話には必ず、裏がある。

 

いつか会えたらいい、亮介に。墓にも参って、手を合わせたい。そう思いながら月日が過ぎた。はっきりしない事が多かった。長女が生まれてから次女が生まれるまでの三年間、その間に私の耳に届いたのは、足跡のついた畳の処分をした際、立ち会ったのは血族の中の警察関係者の元で行われたらしいという事。だとしたら何かを解った上での事だろう。表向きの死亡報告書の作成、しかし実際には自殺だった、という形で終わらせていた事になる。スマホもなかった時代の事、こんな事は実はよくある事だったのかもしれない。葬られたって物理的な物が残らない限りわからない。今ならばまだスマホがある、クラウドがある、SNSがある。隠された悪が正される事もそうも時間はかからないだろう。隠そうと思えばなんでも隠せた時代。

 

何故、親族以外の誰にも触れられる事のないうちに、その畳を処分したのか。それは本当に本人の足跡だったのか。それとも別の人間の足跡だったからか。ではあの両親の足の裏にあったやけどはどうしてだ。本当に本人についた火を消そうとして負った傷なのか。家の血筋にいた警察官がたちあったというのは本当か。だとしたら、完全にもみ消しだ。田舎の事だ。簡単な事だったかもしれない。

 

遠藤さんが以前に話していた"どうやって亮介を東京から動かしたか"そこも気にかかる。本当に両親が迎えに来たのか。その際に何が亮介を実家に帰る為に動かしたのか。私の事で彼を脅したのだろうか。それとも、第三者に偽りを吐かしたか。例えば、親族が事故に遭った、だとか。下手したら亮介自身が脅されて、力ずくで、無理やりに連れていかれたという事も考えられる。

 

私が入れた日程の留守電を聞いたのは本人なのか、それとも別の誰かなのか。外に出ていて簡単に連絡を寄こさないと解っていてその日に決行された事なのか。自殺をするような人間が自分から自分宛に服を購入して、後日戻る予定だった家に送るものなのか。

 

敷地の納屋は燃え尽きて、地面は真っ黒になっていた。毎日毎日、その事ばかりを考えた。亮介が話せるなら教えて欲しい。あの時、何があったのか。でも。もしその話に第三者が介入していたとしたら、それは何故で、誰に頼まれて?…結局のところ、行きつくところは、あの二人しかいない。

 

自分が子供を持ってから解った事がある。例えば自分の子とお友達の間に何か問題が起こってやりあったとしても、自分の子と遊んでくれる子の事だ。一方的に傷つけてこない限りはやっぱりその子も可愛い。相手の子の親を知らなくても、自分の子を可愛いと思うように、その子の事も可愛く感じる。子供同士が泣く程にやりあっても、きちんと話を聞いて、何が原因だったかを尋ね、例え相手の子が悪かったとしてもそちらばかりを責めようとは思えない。子を可愛がる、親になるとはそういう事だ。

 

産む方は命をかけてその子を産む。どの人にも産まれた日があり、先でどれだけ悪い人間になったとしても、その時にはどの人間も、幸せになってくれればいいと願われるはずだ。この子が不幸になればいい、そんな風に思う親はいない。望んでいない出産だったとしても、生み出した瞬間に、私の人生が狂ったのはお前のせいなんだからお前は死ぬほど苦しめ、だなんて思う親がいるとすれば、それは鬼だ。もはや人の子に非ず。

 

でも、あの二人にはそれは見受けられなかった。愛のような物を見受ける事が出来なかった。自分の子を駒のように扱い、その者が愛している者までもをボロボロにした。亮介がいなくなって私を更に傷つけた、その時点であの二人には、亮介に対する愛がなかった。直接に手を下したなんて恐ろしい事は考えたくはなかったが、それでも結局、第三者に依頼したとて、愛情が足りなかった事になんら変わりないではないか…。

 

愛がなかった、という事は間違いがない。息子が自分達親の思ったように生きてくれればそれこそが幸せだ、自分達は何も間違っていないのだから言う事を聞くべきだ、それは子を可愛がるという事とは違う。亮介の両親が愛したのは彼自身ではなく、自分だ。自分達夫婦だけだ。

 

次女が生まれてくるまでの三年の間、長女の少し変わった行動や態度が気になった。話すようになるまでがとても速かった。全く睡眠をとる気配もなかったし、二歳の頃には朝起きたら天道虫のビーズが、綺麗にぴっちり、測られたかのように等間隔にテーブルの四辺に並べられていた。普通なら、あの子どこかおかしいのかも!と親はパニックになってしまうかもしれない。特に第一子。比べる物がない。私は全く焦らなかった。どこかにおかしな節があったとしても自分の子だ。生きていればよい、と思った。

 

亮介の親のように、優れた大学に入れなければ、よい会社に入れなければ幸せだとは呼べないだなんて思わなかったし、例えそれが叶ったとしても彼のように心を壊したりしていたらそれは長くは続かない。どのように生まれても、どこに生まれついても幸せは自分が掴んでいく物だ。自身が納得のいく生き方が出来ればそれ程に幸せな事はない。身を寄せる場所はこの広い世界のどこにだってある。私が亮介を、亮介が私を受け入れたように、命に代えても守りたいもの、そう思ってくれる人が私達夫婦以外にもいつか現れる。そういう人がこの世にいる。だから健常でもそうでなくても、全く困らなかったし、自分の意思を受け継いだ可愛い子には違いなかった。

 

長女に発達の障害があると診断が下りたのは次女が生まれてからだった。

 

次女が私のお腹にやってくるまでにも色々と不思議な事があった。亮介の事を考えていても埒が明かない、もう忘れるべきかも…そう思うたびに不思議だと思える事が起きた。

 

例えば、主人が今働いている場所を辞めようかなと言った時。いつか独立したいと言っていた人の事だ。私はカレンダーの前に立って眺めていた。そうすると風も吹いていない場所にかけてあった目の前のカレンダーがペラリペラリめくれた。その場所ばかりがめくれる。

「二月の内に」

『なんで?』

カレンダーが勝手にめくられて二月ばかりを見せるから、とは言えなかった。とにかく二月中に、そう言った。職場は一ヶ月分が翌月に締められ更にその翌月に支払われる"翌々月払い"。だから実際には辞めると言うと二ヶ月分が一気に支払われる事となる。二月には辞めますと告げて二ヶ月分が振り込まれてから数日後、会社の会計をしていた人間が全ての金を持って居なくなった。勿論、他の人たちに給与は支払われなかった。だから持ち逃げした人間とうちの主人が裏で共謀しているのだろう、等という話になり、とても疑われた。カレンダーがめくれたからだ、とは、言えなかった。

 

会社を辞めて独立をするのはいいが、あの仕事は何かを仕入れて売るわけではないので制作に時間がかかる。バイトにでも出向ければいいがそれをすると物が作れない。家賃を払う事で一杯一杯になってしまった。私が働きに行ければよかったが、長女がなかなか難しい子でもあったし預かってくれる先がなかった。贅沢をしなくても家計は冷え込んで借金ばかりが増えた。

 

一度ばかり、主人には死んでも内緒だが、私は以前のまだやり取りのあった中でも紳士的だった人に二人ほど連絡して当たった。宜しくない事だが手っ取り早くお金を作って

"前の派遣先に請求するのを忘れていたのを思い出して。お金ちょっとだけど出来たよ"と家に入れた。自分達が幸せならばそれでいい。大した事はなかった。私の城だ。一円も入れずにそれでもご飯を食べさせて頂けている。たまにはお返しをしなければ、そう思っていた。私の事で誰かに迷惑かけるなんて事がそもそも納得がいっていなかった。のんびり生きてもいいよ、そんな日を用意された事がないのである。何かがあれば、体を壊せば働けなくなり、明日ご飯が食べられない、ずっとそんな人生だった。誰かに優しくされる事に慣れてはいなかったし、今だってそれはそうだ。慣れてはいない。

 

大切にされてきた人はきっと、大切にされる事が当たり前で、そんな苦労をしないでも何でも手に入ったであろうが私は羽根を休める場所を持ち合わせた人間ではなかった。自分の人生に何の保証も頼れる場所もなかった。羽ばたく羽根の動きを止めると、即座に落ちる。

 

「これ以上、借金が増えるようなら、お前にも迷惑をかけるから籍だけは抜いた方がいいかもしれない」

ある日、主人がそう言った。私は良いとしても、部屋の隅で屈託なく遊ぶ長女の姿が悲しかった。困ったのなら実家を頼ればいいのでは?それも主人は断った。親に迷惑をかけるわけにはいかないらしかった。男が決めた事だ。それも仕方がないかもね、そんな風に、私は言われる事に頷くだけだった。

 

ある日、主人が電話してきた。後ろから車を当てられたという。相手は逃げたらしかった。車の修理代も出せない。最低だった。ついてない。もう終わり、そう思っていたところ、主人がとりあえずコンビニに車を移動させてもう一度連絡すると言った。しばらく連絡がこなかった。長女が全く睡眠をとらない事もあって、そんな時なのに私は限界で待っている間に眠ってしまった。亮介が夢に現れた。

(亮介…ねえ、あなた…殺されたの?)

(みゆちゃん、大丈夫?疲れてない?)

(亮介、どうなの?あの日、何があったの?)

(みゆちゃんが元気じゃないと俺も楽しくない)

(私は元気。気にしないで。元気だから!大丈夫だから。それより…)

(みゆちゃん、当たり年だよw)

(何それ)

(色々、当たるって事)

(じゃあ私の考えてる事は?)

亮介は笑いながら吸ってる煙草を指ではじいて投げた。

 

電話が鳴った。

「コンビニに移動したら、コンビニの配送に来た車が俺の車の上に乗った…ぐしゃ…」

『はい?』

「ぐしゃんなった」

完全に終わりだ…そう思ったら

『聞け。相手はコンビニで、そうなったのはこっちのミスだから全額保証するって言ってきた。150万~200万で手を打ってくれってよ』

ほんとなの…。驚いた。

「ねぇ。当たり年って知ってる?何のことかわかる?」

『何それ』

「色々当たるらしいよ?その足でナンバーズでも買ってみたら?」

そう促すと本当に買っていたらしく、それが50万をひきあてた。色々当たる、と亮介は言った。私の読みもきっと当たっているはずだ。亮介は殺された。私に安定がないとこの日がこない。彼はそれを望んでいたはずだ。私が誰かにこの話をする、この日を。