聴こえてくるのは、雨の音。

ある意味、避暑地(自分だけ)

キミの話-第三章 vol,10

「……で、お嬢ちゃんにそれを頼みたいんだけど。」

『え?あぁ、解りました。それだけですか?』

「そうだよー?なんでぇ?」

『いいえ、あの、もっと難しい仕事かと思って…』

「お嬢ちゃん手放すのは惜しいんだけどねぇ…。あんたみたいな子が実は一番こわいんだよ。頭もある、腕もある、命は惜しくない、久しぶりに根性ある女を見たなあと思ってさ。でもあんたあれだ。頭があるからw長く置くのはこっちも怖いんだよ。どこで何があるかわかんないからね。」

 

私が元々していた仕事を話した時に、いつかそれをさせようと思っていたらしい。自分達の直接の仕事ではないらしいが、関係のある人達の行っているネット関係の仕事らしい。裏家業は入り組んでいて簡単にしっぽを掴めないから、元を捕まえろ、だなんて難しい話だと思う。そもそも自分達もどこが元だなんて理解していないのかもしれない。股の股のそのまた股の…。今話している相手が元だったとしてもそれは全く不思議ではない話だ。腹の探り合い、騙しあい、絶対に人を信用しない世界。

 

『あの…。お体、大切に』

「ああ、お嬢ちゃんも。無駄に生きるな、無駄に死ぬな」

 

手っ取り早く都内に部屋を探した。寺田さんともサヨナラだ。とてもお世話になった。

不動産屋の男はとても嫌な男で、部屋を借りるなら保証人がいると言われ、保証してくれる人など誰もいないというと、今回は特別なくてもいい、その代わりたまに遊びにいってもいいのなら家賃も安くしてやると言った。安く見られていて面倒くさかったので黙らせるのに一度、寝てやった。その時の事をwebカメラで撮影しておいて不動産屋に投げ込んでやったら担当がすぐに変更になった。当然、会話でうまく誘導してそれも収めておいた。ざまーみろ。

『私以外にも保証人はいらないからその代わりにっていうの、やるのん?』

「数える程だよ?タイプの子にしかしない」

『じゃあタイプじゃなかったら?』

「部屋を貸さない」

自分の体を犠牲にして自分以外に悪い事を出来なくさせたのだから私は誰にも何も言われる筋合いはない。

 

横浜より指定された事務所に行ってみたら、本当にパソコンがずらりと並んでいて、私は何をすればよいのかを聞くと出会い系のサクラであった。カード購入タイプの物で相手と会えるところまで話を引き延ばす。一発言でポイントが減っていくので、簡単に説明すると20ポイントあったとすればお互いに10回ずつの発言でポイントはゼロ。次に新しいカードを相手が買わなければお目当ての女の子とは話せない、というルールだ。簡単そうに見えてこれが意外と難しい。何度か課金が繰り返されなければ意味がない。興味本位で買ってみた、暇つぶしに、そういう相手を本気にさせてなんぼの世界。どこまで相手の想像の中で踊れるか、が要になる。

 

なるほどー。世の中の悪にはピンからキリまでがあるわけですねー。寝技、心理、なんでもいらっしゃいよ。悪い思いはさせないわ♡ってか。とりあえず簀巻きは逃れられて良かった。

 

「ボーナスじゃないけども…誰か働いてくれる子、紹介してくれたら一人につき10万ね。出来高だからあれかぁ、ボーナスとは呼ばないか。で、あんたあれなの?パソコン使った事ある?キーボード打てる?」

『それなりには…』

「あっそ。まぁその内慣れるよ。ここの中の誰かの知り合いなんでしょ?」

『ええ、まぁ…そうみたいです』

「ふーん。まぁ頑張ってねー」

『了解しました』

さあああ!どんどんだましてこうぜー!とバイトに気合を入れさせる大声の、チンピラ。お金になるというのは恐ろしいものである。そこまでして金が欲しいか。真面目に働けよ、ドクズが。こういう時、素直に皆まで話してはいけない。誰さんからの紹介で、とか、以前何かをしていました、そういう事は隠すべきだ。地を這って生きると発言のタイミングやすべき事、いわないでもよい事、そうした物が瞬時に見抜けるようになる。

 

驚くべきことになんとその現場は24時間であった。こんな仕事が24時間!実際には派遣でバイトにいっていた方が自給自体は高いような現場である。でも相手は何時に話しかけてくるかわからない。その為に対応できる人数がいる。これまでの会話はログに残されているので、誰のものが回ってきてもその会話の流れをみて、私はひとりである、を演じるわけだが、実は何十人もが一人のフリをして相手に対応している。

 

キーボードのそばに飲み物を置いていた子はチンピラに倒されて

「あーあーあーあー、これ、ダメになっちゃったんじゃないのぉ?きみ弁償できるう?当分辞められないよねぇーこの仕事ー。これ、新機種で新しいタイプのだから高いやつだよー?払えないんなら体で払うー?どうするう?」

『私が代わりに体でお支払いしましょうか?その機種、型落ちですよ。アキバいけば安くで売ってます。途中までしか相手できない程度の金額ですが。どうですか?』

とピシャリと言ってやると、お前なんなんだよ!とものすごく威勢がよく吠え散らかしていた。いっとけよ、バカ。こっちは死ぬのも怖くなかった。こないだまで。

 

夜勤が出来るのであれば夜勤にして、昼は寝るか、派遣のバイトに回す事にした。完全にここを抜けるとしたら、どのタイミングだろう。それで一年は清算した事になる。あの世界は下になればなるほど、タチが悪い。普通の世界とは逆だ。初心を忘れずに歯を食いしばり上を目指す、その期間が一般社会の下っ端の努力であれば、あちらでは上にいけばいく程、それを求められる。下っ端ほどタチの悪いものはない。そのタチの悪さに長く煩わされてしまうと一般社会には戻れなくなる。ズブズブになるだろう。半年以内には、どうか。なんとか。

 

派遣会社に連絡すると担当が変わったそうで、この間の可愛い男の子は居なかった。何かあったのかを上に聞くと、自分には向かないと解ったそうで、さっさと辞めてしまったという話だった。誰かに話して、自分の気持ちに素直になる事がある。彼はきっとその時だったんだろう。そう思った。合わないと思う事にも限度があって、それが苦痛ならば今すぐ辞めるべきだ。どうだろうと人は生きていける。いい加減で終わっても、私のように命を取られる場に身を置いているわけではない。それならば思うように生きるべきだ。

 

「そうですか」

と私は笑った。飛び立つ鳥の羽ばたきを見たような気分になった。

 

食べたいと思った物、したいと思っていた事、そういう物を後回しにすると明日はどうなるかわからない。亮介はそうだった。私の為にお金を使わないんだと言って節約をし始めた。欲しいと言っていたCDも、私好みを先に買って自分好みは後でもいい、そう言って買わなかった。聞けばよかったし、買えばよかった。振り返ると、あれをさせてあげればよかった、これをさせてやればよかった、彼はきっと、あれでも充分だったと言ってくれるだろう。残された私は、どれだけしてやっても、きっと足りないと思うだろうし、今でも、それは足りない。命には、敵わない。何を目の前に差し出しても、してやりたかった側には満足なんて、ないのだ。

 

新しい部屋にはトランクルームから引っ張り出してきた亮介を沢山並べた。洗わなかった亮介のTシャツも引っ張り出して、毎日亮介を堪能した。いつまでも洗濯できなかった。私は引越したけれど、亮介は自分の匂いに気づいて帰ってくるかもしれない。私の傍にいつもいてくれるかもしれない。周りから見れば私は普通のお嬢さんだったように思う。彼氏がいないなら別れたか、彼氏募集中か、そんな感じに見えただろうと思う。まさか家でいなくなった亡霊と毎日、妄想の日々を過ごしているとは、誰も。

 

長い間ホームシックだったのは私の方だったのだろう。一年間、本当にピリピリとしていた。気の休まる場所がなかった。部屋の扉をあけると亮介の香りがして

『みゆちぁああああん♡おかえりー!会いたかったよー!』

「朝あったじゃんww寂しくなるの、早いw」

そう言って笑っていた頃が蘇る。可愛い笑顔。亮介の鼻をつまむ。ハムハムしてやる。こちょこちょしてやるとケタケタと笑う。

『ちょおおぉwもおぉぉおwみゆちゃんやめなさいw』

「満足した?大人バカにして」

『えええー何それぇwあしらわれたの?俺w』

「疲れてんのよーめちゃくちゃ忙しかったー!泊りになっちゃうと亮介あれじゃん?みゆちゃん戻ってこない…戻ってこないぃい!ってじっとしてらんないでしょ?w」

『わはははwあーねwさすがw』

亮介のいう「あーね」って返事。大好きだった。照れたような可愛い返事の仕方。

 

派遣のバイトで入ると、彼氏いるの?と聞かれたりして、いません、と答えながらも早く家に帰りたい、と言っていたので本当は彼氏がいるんじゃないか、と言われていた。彼氏だけど、彼氏じゃない。それはもう生きてはいないし、私には夜の仕事があった。深夜の打ち込みバイトは飛ばすと東京湾に簀巻きもあり得る。

 

なんで派遣なんですか?と派遣で働く人に尋ねると多くの答えが、日払いだからという返事と、好きな時に入れるから。それ以外は、気軽なバイトらしいバイトが見つからないから、という答え。気軽なバイトらしいバイトってなんだ、これもバイトじゃないか、そう思うも、わざわざ履歴書を持っていちから頭を下げて…というのが面倒だという事らしい。正社員になる訳じゃない、たかだかバイトなのに、そういう事だそうだ。

 

「いちいち履歴書用意しないでも毎日入れて日払いOKないいバイト、ありますよ?」

『なんですかそれは本当ですか!?紹介してください!』

 

ああ、これはおいしい。半年待たないでも、自分ひとり分をカバーする人数を放り込めばそれなりに貢献したという事になるのではないか。そう考えた。半年を待たなくても離脱する事は可能かもしれない。因みに何故これを堂々と書けるかというと当時、その現場は普通にバイト情報誌にも求人を載せていたからである。私がわざわざ紹介しないでも自分から応募してバイトにいっていた方も沢山いらっしゃるので解りつつやっていた人間も大勢いる事になる。

 

やっぱり集団性とはそうした物で、善悪の責任は自分にはない、となれば、その中で真面目にやる事をやって稼ぐだけ稼ぎ退く、こうした人間が多くそれが世の中だ。本当にタチが悪い。

 

昼はたまに派遣、夜は打ち込み、そうしていたら、その打ち込み現場が新しい部署を立ち上げた。そちらも出会い系ながら、きちんとデザイナーも入れたシンプルで美しい仕上がりの出会いを出会いと思わせないようなもっと手軽に楽しめるタイプの物だった。そちらは家のPCからもログインすればネット上で可能、との事で

『やって?』

「やらなきゃだめですか」

『うん、やって?』

という流れで始まってしまった。家でのバイト。