キミの話-第三章 vol,12
誘われたので断る理由もない、と、和食を食べに行った。寒い日の横断歩道の向こう側で背を丸めて、寒い寒いと言っている人がいる。革ジャンを着てた。
どうしてこうも、待ち合わせする人する人、パンクだのロックだの……私はクラシックが好き、と思って、あ、と思った。余程縁があるか、そうでないか。あの日の私は外から見るとフワフワしていたらしい。地に足のついていないような、フワフワとした印象があったと後に言われた。色々がどっちでも良かったからだろう。誘われたら断る理由もない、その単位でいつも動いた。
和食を食べに行き、私はてんぷらを食べるのに対し、まだ寒い季節にその店はそうめん定食なんて物があってそれを頼んでいるのをみて、そういえば亮介、そうめん好きだったな…と思い出して
『この寒い季節に…その恰好で…素麺とは…』
と呆れたら、素麺が一番ハズレがないんで、と言った。私が夏の日に
"亮介また素麺ゆでてんの?"
と言ったら
"わかってないなーみゆちゃんはw素麺ほど飽きない食材もないでしょー"
と笑った。私は飽きるよ。飽きたよ。別のもん食べたい。そう言って笑った夏の午後。
この人は不思議な人だな、と思った。ズルズルと素麺をすするのを見る。
「一口、いります?」
そういう事じゃない。
吞みに行きますか、と店を出るともうどの店も閉まっていて、ならうちに来ますか?と相手が誘う。またか。結局この流れで寝る。まただ。男というのはやれたらいい、それだけだ、そう思うと一気に退屈になった。
『やりたいんならそんな回りくどい言い方しないでもやりたいから部屋おいでよって言えばよくないの?』
「え!なに急にw」
『だから!その気ならそうだって言えばいいんじゃないの?って話よ。もうね、食事してお酒飲んで部屋いって寝る、で、朝になってハイさよならーって流れにも飽き飽きしてんの。煙草下さい!』
「えええーww全くそんな事考えてなかったけど、あれですね、ろくな奴と出会ってきてないってのはわかりましたw」
部屋に行く途中にお酒を買うのに、コンビニに寄った。お酒だけだと後が困るので家までに飲む珈琲や、その他ウーロン茶なんかも買った。相手が車に乗り込んだ時、手に持っていた飲み物を見て
『!』
「?」
『オレンジ!?』
「え、だめ?」
『その恰好で、オレンジジュース!?薬飲んでる?』
「はい?あぁ、たまに。眠れない日がある時にってこないだ医者で…」
『やめて。オレンジ、だめ!薬の効果、倍!』
「今日は呑みませんよ?酒飲むし…」
『オレンジ…その恰好で…オレンジとは…』
完全にトラウマだった。この人、死ぬのかもしれない、と思った。その前に恋愛関係に発展したらアウトだ。確実に夏の終わりには他界する。二度も同じ失態は犯せない。
部屋に行ってお酒を飲んでいたら見た目とは裏腹に案外、真面目で、仕事の話ばかりした。仕事しかないから仕事の話しかない、というくらいに働いていた。私も仕事しかないので今は仕方なく別の仕事をしているけれども、昔は専門職だったという話をして会社の名前を出すとビックリしていた。そうは見えない、と言いたい、わかります…その後がクズのような生活だったので…。
「何聞いても驚かないんでw話せるなら教えて下さい」
私はここに書いた全ての事を話した。愛する人がいなくなってしまった事、その親に責められてダメになった事、理由は私の背景が透明並びに虐待三昧であまり宜しくなかったから、その件で流産もした、何もなくなったから死のうと思って一年過ごした事、リハビリ程度に社会に復帰したけれど今もまだ少しだけ引きずってあの仕事をしている事、誰も信用していない事、男はいらない事、もう二度と恋愛なんかしない事……
話が終わったら、何故か大泣きしてた。
『付き合って下さい』
「え!話聞いてた!?!?」
『誰かがあなたを護らないでどうするんですか?(涙)』
「それ別にあなたじゃなくても良くない?面倒はごめんだって突き放すのがヒトでしょうよwだからって、何こいつサイテー友達やめるわwとか言わないし…」
『そういう事じゃないです。気になるなぁと思ってた人がそんな苦しい思いしてきたって事が辛いんです』
「あー…なんか…好いててくれたんだ…ありがとう…いやしかし、やめとけぇ?私みたいなの、ろくでもないよぉ?しかもあれだよ?今の仕事、途中で打ち切ると東京湾に簀巻きだからねー??厄介だよぉ?」
『俺、相手に話に行きます』
「え!!やめときなってww死ぬよ?いいの?ってか自分で選んだ人生なのに他人に迷惑かけるわけいかないでしょー?」
『他人じゃなかったらどうですか?』
「は??意味わかんない…」
『結婚を前提のお付き合いならどうですか?』
「正気!?!?」
『正気の、結構マジで』
「色々あまいw」
『わかってます。生き抜いてこられた方にこんな事いうの、バカみたいだけど放っとけません』
「あれじゃん!彼女いないから寂しいんじゃん?寂しがりやさんなの?たまに来てヨシヨシしようか?」
『俺はあなたよりも年下で頼りにならないかもしれませんが、その人の墓参りに一緒に行きたいです』
この言葉にはガツンと来た。そんな人は忘れて僕と、そんな事は忘れて、そんな事は忘れて…。全てが私の持ち物であるのにそれを忘れろと言った。人間なんて所詮は他人で全ての事は他人事である。あの時あの人にそこまで言わせたものは何だっただろう。
『とにかく、付き合って下さい』
「いや、展開が早すぎてwえっと、だから私、その人の事、好きなんです」
『それでもいいです。』
「考えさせて下さい。しかも私、2~3人彼氏います。セフレもいます」
『きって下さい。そいつら、全部』
「ええええー。ゆっくりいきましょうw」
『きって、俺のもんになって下さい』
「私そんな事いわれる価値ないですよ…?生きる価値ないって言われたのにw」
その夜、その人は私を抱かなかった。なかなかガッツのある人だと思った。でもその夜に変な夢を見て飛び起きた。ここは幽霊が出たりする部屋かと聞くといままでそういう事はないし、もしそうでも自分には解らない、と言った。
どんな夢だったのか聞かれたので
「上下茶色で、中にベストを着るようなタイプのスーツを着て、ハットを被ったおじいさん?かな…時計してた…腕。ハットさわる時に見えた…。その人が私に、ありゃどないもこないもならんけど頼むでって超訛ってた…で、なんか土間みたいな?畳が一段高くなってるような田舎の家で玄関に青いベビーカーがあったけど……めちゃ怖い、誰あれ…変な夢みたぁああ!呪われてるのかもー」
と言ったら、あ!という顔をして、古いトランクをゴソゴソして
『これじゃなかった!?その時計!』
と言われて私の方がビックリした。その時計だった。
「やだもぉおお~呪われてるよ絶対ー。帰りたいー帰るーサヨナラー出会わなかった事にしてぇー」
と言ったら
『俺、今日も仕事なんで部屋の鍵、渡しておきます。戻ってきて、まだここにいてくれたら嬉しいです。仕事も早めに切り上げて戻るつもりです。』
「東京湾のバイトあるー。行きたくないけど飛ばしたら即死ー。もしくはまた売り飛ばされるー今度はもっとひどい場所にー」
と言ったらあっさりと
『じゃあとりあえずそれ行って戻ってきてください。そっちの相手とは俺、話つけるんで。ついでに教えておくと、その夢の人が話した言葉は岡山の言葉です。俺は岡山の出身です。じゃ、のちほど!行ってきます』
と言って自転車にまたがって猛スピードで出て行ってしまった。
しばらく戻らないらしいのでウトウトしていたら、今度は夢に亮介が出てきて、みゆちゃん、と私を膝枕して髪の毛を撫でていてくれた。優しい人の膝の上はどうしてこうも気持ちがいいんだろう、と思っていると、亮介はまた、みゆちゃん、と呼んで
大丈夫
と言った。あれから私はよく大丈夫、という言葉を人に使う。
大丈夫だから、大丈夫だからね、みゆちゃん。
苦しんだ彼と、苦しんだ私の、その先の「大丈夫」
ますます、生きろ、そんな風に響く朝の声。亮介はどんな時も私の傍にいた。
今もきっと。