聴こえてくるのは、雨の音。

ある意味、避暑地(自分だけ)

キミの話-第三章 vol,9

遠藤さんは以前とは違う場所に住んでいた。一年、といっても人にはやっぱりそれぞれの変化があって、知らぬ間に色々が進んでいくのだから何かが成長するなんてすぐだ。

『ひさしぶりー!』

「ひさしぶりー!」

初めて降りた都内の駅、遠藤さんの家の最寄、そばの公園で抱き合う。

『一年どうしてた?元気してた?』

と問うと、遠藤さんは

「あんたがいないからまーーーったく、楽しくなかった。あんまりに楽しくなさ過ぎて、仕事辞めた」

と言った。

『え!辞めたの!え!遠藤さんがいなくなってあの現場回るの?』

「知らないよそんな事w社長がなんとかするでしょ。私じゃなくても誰が入ったって回るもんは回るわよw」

あー。

『仕事辞めてどうしてんの?』

「んー?翻訳の会社に入った」

『すっごい!おめでとう!着実な歩み!えらい!』

 

「ところであんたこそどうしてたのwwまさか生きてたなんてww」

『それよ。死のうと思ってたのに何でかこう…助かっちゃうんだよねぇw』

「それは亮介君がさせないでしょーよ」

『ねーw』

「ねーじゃないよ。で?なんかあんでしょうよ。なんかあるから来たんでしょーよ」

『んー?顔見たかっただけだよ。どうしてるかなーと思って。』

「嘘つけよ」

嘘だった。亮介の事を聞いたから、と、死ぬかもしれないから会いに来た。

 

『色々、あったんだよね…あれから。何から話すべきなのかわかんないけど、とりあえず昨日の話。聞いてくれる?昨日ね、圭吾と話したの。』

圭吾との話の内容を伝えた。遠藤さんはあまり驚かなかった。

「で、どうするの。」

『どうもできない…どうもできないけど、伝えに来たの。』

「わかってた事だけどね。自分から死ぬわけないじゃんwなんであんたがいない日にそんな上手に事故だか自殺だかが起きるよw」

あ。

『え、待って。まってまってまって。という事は?』

「あんたの留守電聞いたのは亮介君じゃなくて別の誰か」

『ああああああああーーーーーーーあ!あー!なるほ…天才じゃん遠藤さん!』

「あんた正気じゃなかっただけでしょ」

『じゃあ遠藤さん的には?今回の事って、どう思う?』

「99%他殺」

『微妙な数字!残り1%は?』

「親が寄こした第三者の存在」

『でもそれって100%!』

「初めから信じちゃいない、だからあんたにあった事起きた事全部詳細に書いとけって言ったのよ」

『ああああーーー完全にはめられたじゃん!』

「あんたを近寄らせたくなかった理由はあんたが一番そばにいたからだろうねw」

『やばいやばいやばい。やばいねーそれ。殺したい。今すぐw』

「やめときなー??あんたが憎いやつ殺したって、亮介君は戻らないし、手が汚れるだけだ。まぁその前に亮介君がさせないよw」

 

『私、もうなんもかも失くしちゃって…亮介も自分も二人の子供も。バカだったなぁ…バカだ』

遠藤さんは止まった。そうだった。私は遠藤さんに妊娠していたとは伝えていなかった。

 

「いたの!?どうしたの!?」

『流れたよ。殺せなかった。殺せなかったから、仕向けた…』

遠藤さんは私を抱きしめた。

「あ…それであれか…それで吐いてたのか。チクショー…勘が悪いなぁ私は!」

『伝えようと思ってたんだよ。14日に帰って来るって言った。だから本人に伝えてから周りに言おうとしてたの。でも帰ってこなかった。だから誰にも言えなかった。』

「…なんで1年ぶりにあってこんな悔しい思いさせるわけ?」

遠藤さんは少し泣いてた。

 

『もう、終わった事だよ。全部終わった事だからwでも、ありがとうね。いっつも心配してくれた。これ以上心配かけられないって思ったよ。だから居なくなったの。もうどうなっても構わないって思ってたし』

「私以上に悔しい思いしたり悲しい思いしたり心配してたのって亮介君だと思うぞ?」

『かもね。そいえば、こないだマサトにばったり会ったの』

「でたー!ま~君じゃん!元気だった?w」

『相変わらずのw男前ww結婚しようって』

「は?」

『結婚しようってさw』

「いや聞こえてるよ。二回も言うなよw」

『だって聞いたじゃんかw聞かれたら言うでしょうよw』

「あんたなんて言ったの?」

『なんも?聞かなかった事にしたw』

「なんでー。いい話じゃんー?ずっと好きだったじゃん。ここはもう何もなかったって事にして幸せになってくれた方がみんな安心するよ。もうそれが一番いいよ!」

『もう、そんな情熱がない…男はいいや……遠藤さんは?彼氏できたの?』

「できた」

ええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!一番の驚きだった。というと遠藤さんに失礼だが。

 

『どんな人どんな人どんな人!ねぇどんな人!結婚する!?!?結婚しよ?』

「なんなのその次がねぇぞ!みたいな言い方ww」

『だって。遠藤さんを幸せにしてくれるんでしょ?いいじゃん!すっげぇいい!やったじゃん!彼氏やるじゃん!』

「んーでもなぁ。あんま自信ないんだよね」

『なにが?どこが?愛し合っちゃってるんでしょ?』

「あんたらみたいに、いい恋愛が、できるかどうか」

 

『…やめてよwいい恋愛とは呼べないよ。悲恋だよ?悲恋なんて、いい恋愛ってよんじゃいけないんだよ。お前いい加減にしろよ!って思いながら、ながーくながーく続いてく毎日がきっといい恋愛だよ?シンデレラの先なんか誰も知らないじゃない?日常ってきっと、激熱な感じじゃなくってシラーっと過ぎて、ああ、でもその時もあの時もどの時もその人がいたってのが、きっと…ねぇ』

鼻の奥が痛かった。私にはそれがなかった。これからもそれはない。私の終わりは東京湾に簀巻きにされて放られるまでだ。

 

「そんなもんかね」

『そーだよ。いつかわかる。その大切さ。時間をかさねる事』

 

指にひっかかる吸い終わった煙草を投げる。元気そうで安心した、どうか幸せになって欲しい。幸せでいて欲しい。私のお願いの一つ。亮介、叶えてね。大切だった人の幸せ。

 

その後、遠藤さんは私の子が供養されているのかどうかを気にした。何もしていなかった。恨まれるよ?と言って笑った。

雑司が谷のさ。音大の方。あの辺りに子供のためのでっかーーーいところがあるから。そこ行ってさ、集合でいいから祀って貰えば?亮介君、音楽好きだったし、音楽聞こえるんなら寂しくないじゃん。」

そうする。そうか。してあげなければならない事って沢山あるんだな。いつでも誰かに教えて貰って、そうして成長する。何かを誰かに教えて貰う。生きる価値ってこういう事かもしれない。なんて事はないのかもしれない。価値がありますよ!なんて描かれた何かを持っているわけではなくて、小さくても誰かに感謝されること。それが存在であって、価値なのかもしれない。

 

「亮介君の命日には私も手ぇ、合わせるよ」

『ありがとね!幸せでね!』

「お互いに!」

 

遠藤さんは色々を私に教えてくれた。それは優しさだった。私はそれっきり会わなかった。どうしても、自分の生活が宜しくない場所にあったので彼女を傷つけてしまうかもしれない、心配をかけてしまうかもしれない、と思い、もう二度と顔を見せなかった。今でもどうぞ幸せで、お元気で。

 

命日には私も手を合わせて、ゆっくりだけど、前向きに生きていきたい、そう思えた。間たったの一年だったけれど、もう立ち上がれない程に傷ついた一年でもあった。それでも死ねなかった。横浜に連絡して、ちゃんと落とし前つけて、終わろう。そんな風に思った。誰かの幸せは、自分の未来も明るくする。時が流れていく。時がいつか、私を変えてくれる、癒してくれる、そんな日は来るのだろうか。来てくれるといいな。それには、横浜で、殺されない事だ。