キミの話-第三章 vol,11
夏も過ぎ、冬を越して春になった。そろそろ最後の仕事から半年になろうとしていた。いつのまにか30になってしまった。誰にも祝われないまま、30に。昼は派遣、夜は打ち込み、その他、家でのサクラのバイト。独り暮らしを始めてからは遊び友達もセフレいたし、なんとなく付き合う彼氏もきらした事はなかった。そもそも彼氏の定義ってなに?付き合ってほしいと言われるから、はいはい、と付き合っているようなもので、好きかどうかを聞かれると答えに困る。好き、なら、マサトの方が上だろう。愛している、なら、亮介だ。しかも皆、やる事は一緒。なんなの?人の事をわかったようなフリをして。なんだって言うの?退屈だけを持て余した。中身も何もない時間。
亮介はお得だった。一番、私らしい私を見られた。私もお得だった。亮介の全てを見られた。お茶漬けしかしらなければそれが一番の御馳走だけど、私はステーキを知ってしまっている。御馳走を知っている人間にお茶漬けを御馳走だと思え、こんな無理な話はない。何を与えられても、それ以上、がないのだから。働いている方がマシだった。眠り続けて亮介の夢を見るか、もしくは働くか。そのどちらかで私の日常は過ぎた。たまの時間に友達、セフレ、彼氏。
家でのサクラのバイトはログインのあった人から順に話しかける。いつぞやのメッセンジャーの夜みたいだ。私はその時に、マサトに恋焦がれ、亮介にそれをぶちまけた。同じ事をしているのに、気分が全く乗らなかった。違いは、それがお金になるか、ならないか。それからこの仕事からどうやって足を洗うか。
ログインが光る。こんばんわと話しかけたその時に、何故か家の電気が落ちた。相手が言う。「こんばんわ」
……!!部屋が真っ暗。
ノートだったから助かったが生憎ノートも使い込み過ぎて、充電池がそうも持たない。
『ごめんなさい。ちょっと待って貰えます?何故かブレーカーが落ちちゃって。』
ブレーカーがあった洗濯機の横まで歩いたら急についた。直った…。
『なんか…勝手に直りました。お待たせしてすみません』
「いえ、大丈夫です。電気の不具合ですか?」
『みたいですねwなんかよくわかりませんけど、急に消えてつきました。ここの部屋、新築だって聞いてたのに』
「今日寒いからかもしれませんね」
『電気と気温って関係あるんですか?w』
「知りませんけどw」
相手も今の場所に引越しをして間もなくて、不動産屋の用意した家電セットをリースしたらパソコンがついてきた事、何故かそのPCにこのサイトがインストールされていた事、だから暇つぶしで繋いでみました、と言った。
『暇なら彼女さんとデートにでも行かれればいいのに』
「彼女いないんですよw別れました」
『あぁ、そうなんですねー。それは申し訳ない質問を致しました…w今日はお仕事お休みだったんですか?』
「いえ、さきほど戻りました。久しぶりに早い時間に家に帰ってこれました。」
『そうなんですねー。お疲れ様ですー。サラリーマンさんですか?』
不慣れなタイピングなのか相手はとてもゆっくりと答え、話せば話すほど私の質問にも素直に返答する。このタイプは言わないでもよい事をここで言ってしまう。ここでは危険だ。何故ならログを取られている。何に悪用されるかわからない。相手はチンピラ崩れの粒ぞろいのドクズ集団。こうした、聞かれたから答える、ペラペラと、このタイプが一番に餌食になる。それがとても不安になった。
『あの。フリーメール持ってますか?』
「フリーメールと言いますと?」
『一瞬とれるアドレスの事です。個人情報を入れなくても数分使えるタイプの物もあります。検索して取得、その後、自分のアカウント欄の名前消して、そこに一瞬表示して貰えますか?』
「わかりました」
『待ってます』
また電気が消えた。変な日だった。相手がフリーメールを取得して、言った通りにアカウントに表示させた。普通なら言われたから、と、メールアドレスなんて馬鹿正直にアカウントに表示させない。やっぱり初めての人だ。扱い慣れていない。充電池が落ちる前に打ち返さないと。
コピーして自分のメーラーから打ち返す。私もあの時、何故あんな事をしたのかわからない。普段なら放っておくのに。
"あのサイトでなんでも答えるのは危険です。相手はログをとっています。初めの数分は無料ですがその後、課金が始まります。私はバイトであのサイトにいます。サクラです。ごめんね。読んだらアカウントを元に戻してください。返信はこちらに。"
しばらくして、アカウントが元に戻り、返事が来た。
"どうして教えてくれたのかはわかりませんが親切に教えてくれてありがとう。あまり慣れていないので助かりました。"
電気がついた。やっぱり温度が悪さをするのかもしれない。
この時に私は亮介の存在を忘れていた。電気をつけたり消したりしていたのは亮介だったのかもしれない。この異常事態で、何を思ったのか平常心を吹っ飛ばしてしまい、普段しないような親切心を出して近づく事になったのが、今の主人である。
"何か別の話しやすいツールをお持ちではないですか?PCがXPならwindowsのメッセンジャーがついていると思うのですが"
"ああ、ありますね。アカウントをお教えすればいいですか?"
"そうですね。お願いできますか?"
とてもゆっくりで不慣れなタイピングの人の返事を待ちつつ、深夜中、話をした。タイピングの遅さに途中で風呂に入れたくらいだ。相手は私に興味を持った。私に彼氏はいる事はいたが、どの人もこれといって好きという感じでも愛しているという感じでもなかった。彼は周りにいないタイプの人で新鮮味はあったけれど、なぜこの人とわざわざ自分の個人のアカウントで話をしているんだろう、とも思ったのも事実である。
これが私たちの出会いだった。私が選んだのではない。あれはきっと亮介の仕業だった。何かしらその後も不思議な事が立て続けに起きた。亮介は私を放っておけなかったのだろう。そういう事が全て決められているとは思わないし、そんな事は偶然だと言われたらそれまでなのかもしれない。それでもやっぱり、そう思うような事が多々あって、思い返しても私はいつでも亮介に守られているなぁ、と感じる事も多い。
あの瞬間は本当に不思議だった。不思議な出来事だった。もう亮介の仕業以外には考えられない。
だから余計に、あなたの死を、私は正したい。まだまだまだまだ、私に話し足りない事があったはずだ。あなたは死にたくて死んだんじゃない。あなたは私を守って殺された。あなたの事を現実で守る事、それが私の死ぬまでにしなくてはいけない事のひとつになった。
あなたの様子がおかしくなった日。台風が来て、屋根の修理をしていると言った日。既にあなたに何かがあったのかもしれない。何か言いたそうな素振りだったのを覚えている。だとしたら第三者の存在は"アリ"だ。親から脅されていたのなら、相手は親なのでイライラがあったとしてもあんな風にはならない。様子がおかしかった。
時間の溝は多分そこにあったのだろう。時間がそこから、道がそこから逸れたはずだ。だから、その時間を持つ人間を寄こした。実際に何かがあった3日前。それらを私に忘れさせないように、主人を選んだ。
何故なら、それが主人の誕生日だからだ。そこには何かのメッセージがある。
その夜から主人はやたらと私を誘うようになった。
"よければ和食でも食べに行きませんか?"
"奢って頂けるんですか?"
"ええ。よければ明日でも"
今度は電気が消えなかった。スイッチを押しても何をしても電気が消えなくて、なんなのー、どうしちゃったのー、なんて言いながらつけっぱなしで眠ったら朝になって消えていた。スイッチはオンになったままだった。パチパチっとやったら、ちゃんとオンでついてオフで消えるようになったけれど。不思議だった。