聴こえてくるのは、雨の音。

ある意味、避暑地(自分だけ)

キミの話-第三章 vol,8

 『寺田さぁん、私ね、お部屋、探そうと思ってるの。あれから一年近く、死にたい死にたい言いながら、だぁれも私を殺してくれなかったし、もう死にたいって思うのも天に任せようかなぁって思い始めたのね。だから、足、洗わせて?』

寺田さんは少し黙った。ふぅん、と言った。腕の一本や二本は覚悟していた。東京湾に沈められても元は死にたくてやっていた事だ。今までだって全く無傷、だなんて事もなかった。血まみれになるような事だってあったし、私の願いはいつも叶わない。助けたいものは助からない。そういう風に出来ている。

 

「いいよ?いいけどひとつ、お願いがある」

え!いいの?いいんだ。なんと!あっさりですね。そんな風に思った。

「横浜のさ、あの人のとこにちょっと話聞きに行ってくれる?」

うわぁ…一番きついところだよ…。これは死ぬ。死ぬな。サヨナラ私。

『わかりましたぁ♡寺田さんの仰ることであれば♡』

「で、いつ頃って考えてる?」

『10月には離れる予定です。離れてもたまには寺田さんに会えればいいけど』

「やめときなw遊びで顔だすようなとこじゃないよ?特に君の立場は。特に」

『にゃはは。そうかもしれませんね。大丈夫。時間まではきちんとさせて頂くつもりなんで』

「明るくなったよねw」

『何がですか?』

「君が。普通ならどんどんダメになるけど。」

『あぁ。もう、落ちるとこまで落ちた後ですからねw』

「じゃあ横浜の件、よろしくね」

 

私は、死ぬかもしれない。

 

 

派遣担当と久しぶりに会って飲みに行った。こういう事は珍しいらしく、仕事を降ろす側と仕事をする側はお近づきになってはいけないんだそうだ。幾らで仕事を取ってきて、幾らを渡している、中抜きはいくら、そういう物が丸裸になる事を避けたがる。皆が皆、人をこき使い、その椅子でマウントを取りたがる。世の中はたいした事はないのにな。君らは一晩で一千万近くを動かした事なんか、ねーだろ?あぁ?会社の犬のくせに、その下は更に下だとでも思ってんのかよ。いつか出し抜かれるぜ?縦じゃない、輪だ、輪。頭使えよ。

 

『おまたせぇえ♡♡』

「久しぶりっすねぇえ!」

 

仕事の話をしながら散々吞んだ。可愛い男の子だった。自分がしたい仕事は本当は違う、自分には夢がある、と言った。いつかの遠藤さんのようだった。愛しい。可愛い。頑張れ。偉いね、したい事があってそれを手にいれるのに毎日やりたくもない仕事をしてる、それを誰かに聞いて欲しかったのか、君はえらいね、えらいよ。

 

そういう私はどうなのか、と聞く。したい事なんか、なにもない。

『今かぁ…今なぁ……私これと言ってなんにもないけど、ひとつだけ叶うとしたら、まだもう少し、生きてたいって事かな?』

「どういう意味です?死ぬんですか?病気?あ!もしかして来なくなったの、病気ですか?」

『心配してくれんのー?やさしー♡かわいー♡』

 

その後、寝た。結局、男は寝る。亮介は困っただろう。きっと。彼はこういう、誤魔化しの、いい加減な、が嫌いだった。なんとなくで過ぎる時間も、中身のない何かを埋めるような行為も好きではなかった。その違いがたまにわからなくなるね、とも言った。流されて、中身のない、そうした何かと、これとは何が違うのだ、そこを問うたのが苺のアイスだ。誰かと体を重ねたら重ねただけ、寂しくなるんだと知っていた。いつでも自分を探してた。その自分が私の中にあった。亮介は、幸せだっただろうか。幸せだと思ってくれただろうか。今でも、いまだに、それを考える。

 

"毎日は無理だけどたまになら仕事寄こして" 派遣担当とそうして朝に別れた。

 

『圭吾、元気?どうしてる?』

ミニ亮介に電話した。もうすぐ命日だ。

「ねーちゃん!ねーちゃんこそ、どーなの!」

向こうにいるのは、ミニ亮介だ。ミニ亮介。顔がにやける。圭吾の事は弟みたいに可愛い。とっても可愛い。あの日に私を助けてくれたのは、圭吾だ。私は彼に対してはいつでも誠実でいたい。

 

一年たつね、頑張ったよね、そんな話をしている時。

「言ってももう戻ってこないから…あの時…ねーちゃんには言わなかった事がある」

と圭吾が言った。

『なによ~かしこまって~。亮介、他に女でもいた?それでも別にいいけどねw』

「畳、仏間の。綺麗だったでしょ。」

『はぁ、うん。田舎の家ってよく手入れされてんだなーと思った。どっちになっても私あんな家に入ってやってける自信ないわwズボラだしw』

「畳、張り替えたの。朝に」

『うん?朝に?』

「あの時。にーちゃんの時の。あの朝。俺、遅れていってるからよくわかんなかったけど、多分、三谷さんは知ってる。」

『待ってwまてまて、何の話?』

「にーちゃんが燃えた時、にーちゃんが仏間に油のついた足で入ったとかで…油かぶってから仏間にマッチ取りにいったとかで、畳に足跡がついてたんだって。」

『じゃあ事故じゃないじゃん…自殺じゃん……』

 

「ねーちゃん。もうこんな話しても、にーちゃんは帰ってこない。にーちゃんは帰ってこない。もう誰も傷つかない方がいい。

 

にーちゃんがそういう事になった後、すぐに警察が来た。翌日の朝10時から現場検証するって帰って行った。畳が張り替えられたのは朝の5時。葬式でみんながここに来るのにショックがでかいだろうからって…」

 

『まだ……死んでないよ??』

 

「俺から言えるのは、こんだけ。うちのおじさん筋に警察の人、いるんだよ。」

自殺という、事故という、話が二転三転したのはここだった。後でそれがわかってもいいように、あれは自殺だったと言い張った。死亡報告書にあげられたのは事故だった。警察が検証した結果だった。

 

でもそれが、本人の足跡であるのかどうか。今となってはわからない。

本人の足跡ならばそれを警察にも見せたはずだ。本人はまだ死んでいない。それなのに、葬儀の話をして畳を処分した。

 

『圭吾が言いたいのは…』

「にーちゃんは、帰ってこないよ。ねーちゃんが、仕返しをしたって」

体が震えた。体が震えて、どうにかなるかと思った。煙草も掴めなかった。圭吾の言いたい事で、その言葉の含みでだいたいを理解した。亮介は、愛されていたのだと信じたかった。私に恨みつらみをぶつけたくなるほど、愛されていたのだと。

 

考えた。一晩中考えた。

 

何かがあった。何かがあって、亮介が火だるまになった。三谷君がたまたまそこに遊びにいった。救急車や消防車が来ていた。亮介が運ばれた。11日の夜。

 

12日の朝10時からは現場検証が行われる事になった。明け方、本人の、とされる足跡がついた畳を入れ替えた。理由は、葬儀で人が訪れた時にショックを受けるから。

 

13日、昼、亮介が旅立った。

 

もし、亮介がそこまでのやけどを負わなかったら助かったはずだ。自殺だとしたら、何故助からないと思ったのだろう。事故だとしても何故助からないと思ったのだろう。その時点で、どれくらいの量を被っていた、と把握できていたの?じゃあなぜ、止めない。知ってたのであれば、何故とめない。何を知ってた?

 

死亡報告書には、納屋に収納された古い灯油からの不良燃料(灯油)に亮介が吸った煙草の火が引火、となっていた。不良燃料がどの程度あって、それに引火すると解っていたのなら、亮介の煙草の前に、そのままにせずになんとかしただろう。大火事である。

 

その足跡はきっと、亮介のものではない。

だから片づけるしかなかった。

だとしたら、誰の?

 

 

そろそろ命日も近い。

久しぶりに私は遠藤さんに、一年ぶりに、連絡した。