聴こえてくるのは、雨の音。

ある意味、避暑地(自分だけ)

キミの話-第四章 vol,7

後から聞いた話だったが、私が出産で手こずっていた間、産んできますと言ったきり私が現れなくなってしまったSNSには、可愛い赤ちゃんはまだかまだか、と友達が押し寄せていた。更新したくてもあのような状況で更新できなかった事、それから何日も眠らずに腑抜けたように椅子に座っていた主人に、私の目も覚めた事だしここに居られてもきっと何も変わらないので家に戻って少し眠ったら気晴らしに仕事でもしておけば?と促した。私と三女の事が心配だっただろうが義母達の元で過ごす長女と次女の事も心配だったので父親が傍についていてやった方がよい、と思っての事だった。

 

私の口から言うまでは黙っておいた方がよいと思ったのであろう、主人はいつものように仕事の話を自分のSNSにあげた。ここで溜めていた心配を爆発させたのが私の友人たちだった。どうなっているんだ、無事なのか、赤ちゃんはどうしているのですか?それらがどっと押し寄せたらしい。私のいなかった間の事。主人としては言い出しづらかっただろう。娘は何日も動かずで、私は私で子宮を失ってしまったような話だ。まさか男の自分が解ったように

「ちょっとした事故があって女房の子宮がなくなりました」

等というわけにもいかず、主人の寝不足も祟りに祟っていて何をすればよいのか解らなかった時の事だ、私の方にも表に反映されないように"心配している"と言った内容の便りが沢山届いていた。SNSは名前が表示される。暇を見つけては長い時間をかけて返信返信の日々であった。当時はブログもやっていて、ブログとなると匿名でもコメントを残せるのだが、その中に一通、タレコミにも近い物があった。

 

『あの家は今、息子の保険金を使っての事でしょう、介護サービス事業を営み始めています。狂っていると思いませんか。』

そう書いてあった。それどころではなかった、というのが事実なので、何の話だ、コメントを残す先が間違っているぞ!と思いながら数日を過ごし、でもどこかひっかかる内容で…あ…と思った。

 

もしかして亮介の?

そう考えて圭吾に尋ねてみた。答えはYesだった。誰だかわからないけれど、そうしてお伝えしてくれるという事は何か恨みがある方だったのかもしれない。しかしそれは私の思いとは関係のない物だ。種類が違う恨みを矢のように束ねても良い成果はもたらさない。自分は自分で戦ってほしい。もし私の事を考えての事であれば、それは大変ありがとうございます。

 

介護サービス事業という言葉がその時、とても厭らしく響いた。普通の方がそれを営んでいる、と仰ったら、何か思い入れがあっての事と受け取っただろう。しかしこの場合、金の匂いしかしない気がした。失った命に申し訳ないから命に対して尽くしていくというような、された事も言われた事も、そんな風にも聞こえた試しがなかったし、あの人達の事だ。極力周りからは真面目に見えて…を装って、請求金額を水増ししても解らない相手をビジネスの先に選び…だとか、助成金補助金目当てで…とかそんな風にしか聞こえなかったし、感じなかった。

 

良家だったのではないのか。良家なのに今更、新経営?金持ちの道楽?あぁ、あれか。完全に亮介が将来的に稼ぎ頭になる算段で息子に投資、でも死なれてしまったので自分達の面倒を見てくれる先もなく仕方なしに立ち上げた事業なんだな…。仕方なく、なら、助成金補助金が多い方がいい。そうすれば先行き困らない。利用者には介護保険も降りている人の方が多いであろうし回収率は高いだろう。日が暮れていくように迎える死を今度は食い物にするんだな。

 

「うちは助成金とか補助金とか何か考えてる?」

と主人に聞いてみた。うちの資本金は五万、正確には三万くらいからのスタートだったので今更頼ろうだなんて思わないし、補助金助成金を借りたりすると返すのに大変になった時に困るから、と言った。世の中には返さないでもいい補助金助成金も存在するらしく何かしら提示された条件がクリアできればそれは返済を迫られないそうだ。例えば、介護事業とか…?うちに立ち寄ってくれる商工会議所の人間が教えてくれた。

 

ふーん。そうなんだぁ。へぇ~。感想としては、それだけ。どっちになってもあの性格なので金に汚いには違いない。見栄ばかりの人たちだ。自分の息子の気持ちも理解できないのに他人の気持ちなんてもっと理解できないであろう。私の気持ちも理解できなかったのがよい証拠。人を馬鹿にするような、蔑んだような事しか投げられなかった奴には経営なんて向かない。お金を産んで流すのは、回すのは、いつでも人だ。紙切れに足が生えていて向こうから勝手に歩み寄ってくるわけではない。その"人間"を大切になんてしていなかったのに、そんな奴には何をさせてもダメだろう。せいぜい頑張って下さいね。良家なら困らないでしょう?ハッキリ言って、何をするにも無計画。あの話にだって、どこかにきっと穴がある。

 

遠藤さんと遠い昔、二人で話しながらたどり着いたのは

"完全犯罪なんて隠そうと思えば思うほど、ボロが出ると思わないか?"

という答えだった。完全犯罪が成立するのはきっと、運や時も味方している時で、そんな風にうまくいくとは思っていなかった、というのが完全犯罪であって、人の犯した罪の全てが計画通り、計算通りに隠せるのなら私達も絶対早くにやってるよねwいなくなればいいと思った上司なんて幾らでもこの世にいるぞ?なんていうろくでもない話で、でもまさしくその通りのような気もする。何かを隠さねばならぬ時、隠そうとする方にばかり意識が向いて、あれだよね、びんぼっちゃまの着てたスーツみたいな事になるよね、と二人で笑った。びんぼっちゃまのスーツは前だけが隠れていて、後ろ身頃はまったくなし、立派な前身頃は前側に紐でくくられていて、後ろからみれば丸裸だ。

「多分まだあんたの知らない事や聞いていない事の方が多いはずだ」

と遠藤さんは言い続けた。私もそう思う。人の死で謎が残るなんて、そんな事だいたいからしてあってはいけない事なのだ。オカルトの業界で、成仏する、というのが本当に正しいのだとしたら、亮介は成仏なんかしていなかったし、でもそれは、同じ場所をぐるぐると回るような自殺した人に言われる(同じシーンを繰り返しますよ!)のアレでもなく、自殺ではなくて事故でもない、とすると一体なんなんだ、となる。ねぇ、亮介、一体なんなんだろうね。いつも力になってくれるのに、私は全く役立たず風情を振りまいているけれど、私は絶対にあなたを独りにはさせない。例え誰もがあなたの事を遠い過去として忘れてしまっても、私はあなたに助けられて今日がある、だから絶対に、そんな事はさせない。

 

多くの犯罪被害者の御遺族が言う。

"誰がどれだけ罪を償ってくれたとしても、あの子やあの人が帰って来るわけではない"

本当にそうだ。時間は巻き戻らない。いなくなった日々の中で、過ぎていく時間の中で、薄れていく記憶の中で"仕方のなかった事"等とは思えない。いつまでたっても、その時、その場で自分も共に殺されてしまい、その先を歩いていかなければならない人間の時間までをも止めてしまう。多くの御遺族がきっと同じような思いでお過ごしだろう。好きだとか嫌いだとか恋だとか愛だとか可愛いだとか愛しいだとか、そんな物を横にどけても、表現しがたい苦い思いしかそこにはない。気分は一生晴れないだろう。何故、その人でなければならなかったのか。正直、それは無駄です、そう思うような命が沢山ある。簡単に死にたいと口にする人間もそうだ。死にたいと本人が望むんだから、そちらを先に刈り取ってくれればいい。その時、神や仏は山に籠って粥でもすすってたのかよ、暇か、働け。

 

朝も夜もなく娘の世話をしていた。小さいおててにはミトンを被せておかないと、鼻から出たミルクボトルを接続するジョイント部が気持ち悪くて、指に引っ掛けて引っこ抜いてしまう。全部がズルンと抜け出せば問題はないがチューブが途中で止まってしまった場合、それはとても危険なので、寝ていても寝ている気がしなかった。目を覚ましては見に行き、万が一抜けてしまうと深夜こちらが授乳時間まで目を覚ませずに寝ていても、聴診器をあてがいながら手探りで挿管する必要が出てくる。気が気じゃなかった。眠くて朦朧としながら自分の服を引っ張り上げ添い寝しながら乳を吸わせる、寒い台所にたって眠い目を擦りながらミルクボトルを水で冷まして…あの日々でも根を上げそうだった事が嘘のように、それは神経をすり減らす作業だった。ベッドで眠るのをやめて、椅子に座ったままで長い夜を過ごすようになった。たまの転寝。朝も夜もない転寝を積み重ね、なんとか一日2時間は睡眠をとれるように。

 

寝不足が続いていた寒い冬の日、いい加減に干してしまったのか洗濯物が何かの拍子でストーブの上に落ちた。じわじわと温まってそれは発火した。驚いてそれを床に落として座布団を上から被せた。火は回らなかった。ある程度の熱が加わると発火するらしい。が、空気をなくすときちんと消える。灯油だった場合は?調べたら引火点は40度だった。不良燃料がそこに流れ出たとして本人にもかかった場合、その場には40度の外気がないと火は燃え広がらない。たった一点に火種が落ちたとしても納屋の地面は土だったはずだ。コンクリートのように平坦ならばわからないが凹凸のあるその地面では灯油を全部吸った場所もあっただろうし、溜まった場所もあっただろう。そもそも、納屋の前で投げた煙草の吸殻がなぜ納屋の中に入るんだ。その納屋には扉がなかったのか??どちらにせよ、再現しようと思うと色々難しそうに感じる。段取りを踏むまでの事もなく、そんな事は不可能ではないかと感じざるを得ない。

 

自殺だと言われるのであれば、被ったのは灯油ではないだろうし、事故と言われてもその通りに書いてあった"流れ出た物"も灯油ではない気がする。やけに真っ黒だった。煤けたのだと言われればそれまでの気もするが、全焼した建物も今までにみた事がある。現場はあんなに表にまで火が回るというのも考え難い状況に黒くなっていた。

 

自殺だったとして。事故だったとして。自殺だったとして被ったとしたら灯油?事故だったとして流れ出たのは灯油?納屋の前で?どちらでもない気がする。納屋の中で誰かにガソリンをかけられて火を放たれた、だから助けを求めて家に突っ込んだ。それが妥当ではないのだろうか。

 

弟と混乱の最中、話した事がある。"自分がばあちゃんちの風呂に入っていた時に前にある納屋から叫び声がして"。親の証言としては"ここで話をしていたら外の空気を吸ってくると言って外に出て行ってそうなった" "私達は驚いて風呂場に連れて行きシャワーで水をかけたりして助けようとしたのにあんな…"

 

ここで話をした、と言ったのは、そのばあちゃんちの仏間の隣のテレビのある部屋である。もしそれが正しいのだとしたら彼はわざわざ遠い本家の方に走った事になる。その時、風呂場は塞がっていたからだ。彼らが火を消したところなど誰もみていない。ああ、手伝った中にはもう一人おられたか。に、しても、それがすぐの事だったのかどうかは誰にも解らない。畳に足跡がついていたのに、何故それを現場検証の前に処分したのかも納得がいかない。もし、助けを求め、水を求めたのだとしたら、ああ今そこには誰かが入っているので無理だ、向こうへ行こう、なんて考える暇があるのだろうか?私だったら判断力を失うと思う。

 

私の考えとしては、亮介が言っていた通り、本家に自分の部屋なんてなかったのだとしたら(実際、生前に寝泊まりしていた部屋は敷地内の祖母の家の二階だった)何かがあった時に走るのはきっと祖母の家だっただろう。何より、その足で畳を踏んでいるのだ。何故、いざとなってわざわざ本家に走る必要が?今から死にます、を見せつけたかったのだとしたら、火を取りに行くのは本家だっただろう。

 

何故本家に走ったのかと言われたら、話をしていた場所はきっと本家だったからではないのだろうか?と思う。第三者の存在がもしあったとしたら。第三者は仏間に潜んでいただとか?それとも第三者がいたとして一緒に話をしていたのだとしたら、それを弟に会わせたくなかったので弟は祖母の家へ?

 

しかし弟の方もどうかしている。自分だけはだいじにされていて、兄がそれをどう思っていたのかも気づかずに帰ってきたからといって自分はどちらででも風呂に入れるのだもの。自由っぷりを見せつけて、亮介の気持ちを考えた事があるの?と言ってやりたい。あんたはあんたでいずれにせよ、あの人たちの子にふさわしいよね。人の気持ちを解らないんだから。

 

再調査を希望したい。再調査を。おかしな事ばかりだ。正しい事が正しいとまかり通らず、こういう事だから、仕方ない事なんだよ、殺したのは君だからね、原因は君だからね?いい加減にして欲しい。いい加減にしろ。