聴こえてくるのは、雨の音。

ある意味、避暑地(自分だけ)

キミの話-第二章 vol,17

"同じ釜めし会"の開催かと思うような状況で大勢が弔問して頂ける中、あの場にいても亮介の傍にいさせてもらえるわけでもなく、訪れる人達に対し亮介家族からは私はいない扱いにされ、むしろ、何故あんな厄介者がうちにいるのだ、はあっても、人らしさのある扱いなどは全く受けなかった。ここにいたらいたで嫌な思いをするだけだ。当初は通夜振舞いや精進落としの人数にも私は入っていなかったらしい。さすがにそれでは可哀想だと、亮介の父方筋のおばさんが気をきかせて糞ババアに口添えして下さり、なんとか用意して貰えたものの、完全に私はそこにない物として扱われていた。出来る限り現場にいる事を避けたかった。

 

早朝、誰にも告げずにあの家を抜け出し、駅前の漫画喫茶へ。ここ数日を通して少し気になる事があったからだ。地元の全寮制時代の同級生には連絡が行き届いているのであろう…しかし東京の大学の友達はどうなってるんだろう?という事が疑問だった。誰一人として弔問に来ていないのである。連絡は届いているのであろうか。亮介の携帯を借りて貰えないかと三谷君たちにもお願いしてみたけれど、亮介の父がそれだけは勘弁してくれと断ったそうだ。多分、あの携帯には見られたくない何かがある、と今も思う。

 

亮介は私と出会ってからほぼ大学には顔を出しておらず、本人の辞めたい意思も固かったので私は大学の事を全く気にしていなかった。でもここに来て…なぜ大学の友人を紹介して貰わなかったのだろう…と後悔した。中の一人でも誰かを知っていれば、ここ数日の出来事の連絡が行き届いているかの確認が出来たのだ。

 

亮介の家は居づらかったけれど私にはまだ亮介がいた。話もしないし、動きもしないけれど、亮介はまだこの世にいた。それだけが支えだった。瞬きも忘れ、息をする事も忘れ、意識をせねば繰り返されなかった全ての日常の生命活動も、漫画喫茶の一人の空間で大きく深呼吸したら急に現実が襲ってきて、狭い個室の空間の中

私もうちょっと頑張れ!まだ亮介いる、もうちょっと頑張れ!

と嗚咽を噛み殺しながら自分を言い聞かせ、ただひたすらにコーヒーを飲んだ。あんな味のしないまずいコーヒー、多分生まれて初めて飲んだ。この頃にはつわりも始まっていたので煙草もとてもまずく感じたけれど、私はそれを知られるのが嫌で、わざわざ亮介の家族の目のつく場所で吸っていたし、だから余計に"あれは女のくせに煙草を吸う"なんて言われていたけれど、そんなものは演技だ。ここまで守ったのだから、最後まで言うつもりはなかった。お前らに孫は出来ない。私にとってはそれだけが気分のよい事だった。

 

私には何が出来るか。ここから何が出来るか。個室の壁にもたれて、ああそういえばあの部屋で亮介は壁にもたれて…煙草の煙をくゆらせて…片方の手は必ずどこかしら私の体の一部を掴み…そんな事を考えていたら……「あ!」と思い出した事があり、これだ!と思った。"みゆちゃんは俺なんかよりもずっと賢い" 私はこの時に、亮介正しいかも!私賢いかも!と思った。亮介がふふふっと笑った気がした。

 

パソコン関連の新製品が出たら仕事の関係で"〇社の出した新製品の××"と何かしらよく頂く事があった。私が本社ではなく出向先にいた物だから先方がわざわざそこまで持ってきてくださった物があった。本社には人数もいるし、置いておけば誰かしらが使ってくれるものの、私は遠藤さんのもとに遊びに行っているのとあまり変わりがなかったので、出向先には必要ないだろうとそれを自宅に持ち帰った。

 

"使っとくと便利かもね~なんかあった時に"

 

そう言って使ったのが当時の春あたりに発売された【携快電話】の新バージョンのパッケージだった。まだガラケーと呼ばれる物しかなかった時代、今のスマホのようにデータの扱いが簡単ではなかった。SDカードの使える携帯からカードに移行出来るものはだいたい決まっていたし、画像だけでも…そんな場合には役にはたったが、まだまだ多くの人が携帯新機種への引越しや買い替えの場合には、ショップへ持ち込んで入れ替えを出来る範囲でお願いする、そんな時代だった。内部ストレージに保管されている画像などは取り出せず、新携帯に移行ならないままの物も多かったので、以前の機種を捨てられずに手元に持ったまま…みんなそんな事をした時代だった。旧携帯で表示させた画面をわざわざ新しい携帯のカメラで撮影したり…いまでは考えられない不便さである。

 

【携快電話】は家にパソコンがあればそれを使って携帯のデータを取り込め、厄介な作業からは解放される!という優れモノのソフトで、パソコンユーザーの間では爆発的にヒットした商品だった。今ではクラウドも無料提供される時代、当時は落としてきたデータの保管場所にも本当に困った時代でもあった。そこへきて技術者の自宅サーバーなんていうのは本当に有難いものである。パソコンにデータを取り込んだはいいがパソコン自体が死んでしまうと何の意味もない。取り出したデータをどこへ入れておくか?ROMに焼く、フラッシュメモリーに入れて持ち歩く、方法は色々あったがそれだとそれらが手元にないとなんともならない。オンライン、これこそがまさに救世主、共同で使わせて頂いていた自宅サーバーの中に私は色々を保管していたのだ。わざわざ荷物を増やさないでもオンラインで、自宅で仕上げた仕事を社内で、社内で仕上げた資料を自宅で…などなど。

 

携帯からアドレス抽出したファイルだけはあそこにいれておいたはずなので、CSVでは取り出せない物のテキストファイルで閲覧は可能であろう、そう思い立ち、思い出し。漫画喫茶のPCにFTPを降ろし、共同サーバーを呼び出す。自分の場所はパスワードでパーティションをかけていたので他の友人技術者に触られることもなく、どこにいても取り出し可能だ。亮介の、誕生日を、入力。最終の更新は先月だったはずなので、そこからもしアドレス帳への登録者数が増えていても抜け落ちるのは何人か。とりあえずは引っ張れたしプリントアウトした。

 

あの時代にスマホがあれば、きっとこんな事は起きなかっただろうと今でも思う。何か色々が水面下で動いていても遠隔で確認や管理が出来るのであればメモのひとつも挟んでクラウドにあげられる。そこになくとも、ほかに残せる。あの携帯の中に何があったのか、だいたいの想像はついても確信はもてない。極めてクロに近いグレーである。

 

通夜の前、告別式の前に誰か、大学の誰かを捕まえて連絡が届いているか、急な事だが来て頂けるのであれば是非…それらの確認とお願いをしたかった。亮介の家族はなぜか東京での亮介なんてなかった事にしたいような素振りだったし…。

なぜ、現在(いま)の友達がひとりも来ないの??それがとても気になった。

 

上から順に電話した。知らない電話番号からなので出ない人の方が多いだろうとも思いつつも、とにかく電話しまくった。CSV形式ではなくテキストの、横にずらっと並んだ表記になっていたのでしばらくは気づかなかったが、名前のとなりに、大とかサとか、何かの表記がある事に気づいた。大、これだ、これは大学の大だろうと思い、大と書いてある物を重点的にピックアップし、次々にかけていった。

 

大学生というのは比較的ガバガバな頭らしく、誰からの着信かもわからないのに平気で出る。彼らは色々な場所で交友関係を築き上げるので、それこそ、例えば彼女がいるけど合コンに行き、いい感じになった子と電話番号だけを交換、登録もしないままどちらかが連絡をしてきて「あーあーこの前の!」みたいな事も多いらしい。なるほど。おばちゃんそいうの全然、わかんないや。こう見えて社会人だし、私たちは名刺交換をする。

 

中の一件に繋がった。か行の男だった。

事情を説明した。口で説明するとなるとどうしても、遠ざけておきたい現実を受け入れる事になって声が震える。言いたくない。でも、言わなければ話にならない。

『すみません…あの私、亮介の彼女です。深雪といいます。はじめまして。あの…実は亮介が…先日…亡くなりまして……それであの…告別式を…東京ではないんですが……』

 

そこまで言うと相手が

「は?亮介ってあの?最近学校きてないでしょw」

と言った。私はいま、亡くなった、と伝えたはずだ。大学生と言うのは、いくら頭のお出来になる学校の生徒さんたちでもまだまだ子供なんだな…と痛感した。挨拶もろくに出来ない。つづけざま、こう言った。

 

「あいつ死んだの!?えwwうそでしょ?で、あんたあいつの彼女なの?よく付き合うね~。なんだよ~だったらもっと早くなんとかしてくれればよかったのに」

 

言っている意味がわからない。亮介の親のいう事も理解できなかったが、こいつの日本語も私には日本語として理解できなかった。私が、おかしくなってしまったんだろうか?考えあぐねて黙っていると

 

「で?あいつなんで死んだの?w」

『事故…と伺っています…』

「あんた彼女なんでしょ?死体みたの?ほんとに事故だったの?いじめを苦に自殺とかじゃあないでしょーねぇw勘弁してよ、ほんとにwwwそういうのwww」

 

「あいつさ、あれだよ?眠れないとかでさ、夜中に色んなとこに電話かけやがんだよ。誰も友達だなんて思っちゃいないのにこっちはフラフラ遊んでて留年かます暇なんかないんだって~。ちょっと頭がいいからって余裕ぶっこいてさ、もうみんなで無視しようぜってなってたから学校来ても誰も話すやついねーのww来なくなってくれて俺らみんなせいせいしてたんだけど、そっかーwww死んだかー」

 

と、言った。

 

何故、亮介は、言ってくれなかったんだろう。

私はあなたの親とは違う。嫌だという物を無理やりに続けろと言ったりしない。あなたがそうしたいというのなら、あなたが私を受け入れてくれたように、私もあなたを受け入れただろう。私を心配させたくなかった、もしそうだったとしても、痛みがあるのなら、その全てを教えて欲しかった。どうして、あなたはーーーーーーー。

 

『あなた同じ大学だよね?東京帰ったら、殺しに行くわ』

と言ったらゲラゲラ笑いながら

「は?何言ってんの?やればいいじゃん、そんな脅し警察に言えb…」

捕まったところで構わない。苦しむ人も悲しむ人も私の事で痛む人間はこの世にはもう存在しないのだ。

『あんたも、あんたの親も、切り刻んでやるから、東京戻ったら待っとけ!逃げられると思うな。まぁまず留年どころでは済まない、社会からもこの世からも抹殺してやる。待っとけよwwいたぶってやるからwww』

 

そう言って電話を叩き切った。

 

暫くして知らない番号から電話があった。詩織さんという人からだった。どうやら彼女は、この男から話を聞き、亮介が死んだと亮介の女が電話をしてきてえらい剣幕で脅された、と彼女に訴えたらしい。彼女は事の真相が聞きたくてこちらに連絡をしてきた。

 

もう私は全てにやる気が失せた。なんなんだ、こいつらは。なんなんだよ。

「は?脅し?本気ですけどwwふざけんなwwで?さっきのバカは女の子に助け求めてんの?そんな奴はきっと10分と、もたないだろうねww」

と言うと

『怖い話はやめて下さい。話を整理しましょう』

 

と初めて大学生らしい理詰めを寄こした。どっちでもいい、と思いながら、そちらに連絡が届いているのかどうかを亮介の携帯のアドレスの上から連絡をしていたらその男が出たので内容を話したら、亮介が死んだと嬉しそうだった、だからもうあんた達はこなくていい、と私が言うと彼女は急に泣き出して

 

『ごめんなさい。私も…無視したんです…初めの内は話につき合って色々と聞いてましたけど、周りがもう無視しようって言い始めて…多くは亮介君が元々なんの努力もなく勉強ができるってことを周りの子は…必死で受験したもんだから、それで…妬みみたいな物もあったと思うんですよね…?それで…聞いてあげればよかった……。私のせいもあります…』

 

と言ったので、あんたのせいだよ、一生恨まれろ、呪われて死ねwと言って笑ってやった。違うよあなたのせいじゃない、と言って貰えるとでも思ったのだろうか。お前らはいいよな~あの姿を見ていない、謝る程度じゃ済まないんだよ、何泣いてやがんだバカじゃねぇのか?そんな気持ちで一杯だった。

 

漫画喫茶から家に戻ろうとしたら、もう街は普通に動いていて、誰が死んでも、こんなに悲しくても、結局街は動いていて、太陽はのぼるし、コンビニはあいているし、空は青いし、道路はこの先のために工事もされている。皆が笑い、通り過ぎて、風がふく。風が巻く。私は生きていけないな、と思ったんだよ。生きていけないなぁ、と、ただただ、漠然と。