聴こえてくるのは、雨の音。

ある意味、避暑地(自分だけ)

キミの話-第二章 vol,2

毎日蒸し暑い日が続いた。いつの間にか私たちは近所でも名物カップルとなっていて、何か買いに行くにもいつも手を繋ぎ、それでも飽き足りず

"じゃんけん負けたら!次の電柱までおんぶ!ゲーム"という子供みたいな遊びに興じていた。投薬のせいでsexはうまくいく日とそうでない日があった物のあの類の薬は患者判断で勝手に断薬するわけにもいかず、やるやらないはたいして重要でもなかったのだけど、あちらは男の子なので私が幾ら

「そんな事はたいした問題じゃないし、気にしないでよ」

…と言ったところで余計に気になるらしく、でも言わなかったら言わなかったでしょげてしまい、ああ厄介だ、本当に厄介だ、この世に棒があって穴があったらそれって絶対入れなきゃいけないんでしょうかね遠藤さんよ!と投げかけると

 

『あってもなくてもいいってあんたが言うんだからいいはずなんだけど、あれじゃないのー?目の前に人参がぶら下がってんのに喰いつけない感じがイライラするんじゃないのー?あとほらー、あんたがどっか行っちゃいそうな雰囲気あっからでしょ?w彼は人より自信がないっぽいし、そういうとこくらい男でいたいんじゃん~?』

 

とまさしく、知らねーよ!ち〇こあろうがなかろうが男は男だろうよ!な回答を頂き、じゃあ私が美味しくなさそうならそんな悩まないでも済むわけですかーなるほどー、と【向こうが悩むのでこちらも悩んでしまうという負のスパイラル】に一時は陥ったものの、私の考えた解決案はなかなか素晴らしいもので

 

夜!ベッドで!必ず!

 

なーんて思うからそれがまた逆にタイミングも悪く、今は無理みたい~となるのかもしれない、ならば向こうが欲しいと思う時にこちらの気持ちは度外視で受け入れてあげれば、全部の回はうまくいった!となるわけで、これは功を奏するかもしれない…。

 

ですので!求められればいつでもOK!の体制に入り、あちらも満足して夜もよく眠れ、なかなかによい関係!素晴らしい!タイミングをこちら側にあわせようとするから難しいのだ、こちらがそのタイミングにあわせていけばそんなもんは嫌でも成功する、性交だけに!

 

と会社で演説していたら、上司がさっきからなんの話をしているの?という言葉を投げかけ、時計の話です!と即答で返す遠藤さんは実に素晴らしい人材であった。

 

「ばかばかしい事も真剣に考えてくれるとこが天才に映るのかもね~あんたのは」

と遠藤さんは言ったけど、カップルにおいてそれは意外とばかばかしい問題ではない。大問題だよ!気を使っても使わなくても、気持ちは萎えて、股間もしょげるんだから。

何も首あげやしない、こういうのを本当にうだつが上がらないって言うんだ!どっか上げていかないと!

 

その時から私は、男は肉体女は心、だなんて迷信だと思っている。

女は受け入れられる器をもっているのでどうにかすれば無理やりにでも受け入れられる、対し男は。心と連動するが故に勃つものも勃たなくなる、それが勃っていなければレイプも不可能。女の場合は気分じゃなくてもいくらでも演技できてしまう。が、男は演技ではこなせない。どっちかいうと逆だ。貪欲なのは女の方で、心を大切にするのは男だ。

 

だからやっぱり、望みを満たしたいなら満たしてくれる人と、になる。需要と供給はあながち間違っていないし、STDが蔓延しないように努力するのであれば誰に咎められる必要もない。私は自分でもバカなのか賢いのかさっぱりだけど、考え方は一番にシンプルな案を好む。

 

 

一緒に暮らして迎えた週末には例のSEX大好きりなちゃん事件により電話番号をかえる事となったモバイルの再契約に行ったり、いつでも二人の仲は良好だった。会社帰りの駅から家までの道、コンビニの前を通るポイントがあるのだが、亮介はその頃そこでよく立読みするふりをして雑誌で顔を隠し私の様子を伺う…という意味不明な行動をマイブームにしていて、ちょうど外に出て来た店員のおばちゃんに

 

『おにーちゃん、また見張ってるわよ!』

 

と教えて貰ったりで、お前らどれだけ仲いいんだよ!を毎日繰り広げた。

 

雨の降った日の帰り、コンビニの前まで行きシャンプーを切らしていた事に気づいて、駅前までバックして大型の量販店でシャンプーを買った。雨は降ったりやんだりで、買いに入ったその時はやんでいたし帰りも大丈夫だろう…と思っていたら、家まであとほんのちょっと、の辺りで急に降り出して、ぅあちゃー…降られた降られた…と鍵の在り処を片手でゴソゴソし家に入ろうとしたら「あの…」と呼び止められた。

 

まだ若い可愛い女の子が立っていて、その子がここは亮介の家かどうか聞くので、お客さんなのだと思い上がっていくか尋ねたら、本人御在宅の時にまた来ますと帰ろうとした。お名前を尋ねたところ

「……ペットです」

と言われた。ペット。ああペットさん。HNね。ゲーム仲間かメッセンジャーの知り合いなのだろう。本人、中にいるんじゃない?そう言いながら鍵をあけたら玄関に私の姿をみつけた亮介が

『みゆちぁああん!おかえりどしたのびしょ…あああああ!』

とひと際大きな声を出し、私の後ろのペットさんの姿を確認し、フリーズした。

 

(あ…なにこれ…また気ぃ使い案件なの?めちゃくちゃ疲れてるから二人が外いってくれないかなー…)

 

と思っていたら、玄関の外で何か二人でヒソヒソ言い合い、まぁ…あがんなよ、と一言言い、先に中に入ってしまった。

 

「ペットボトルのお茶でごめんね」

と三人分をいれて出す。誰も何も話さない。非常に沈黙が重かった。

 

『あの…みゆちゃん…』

「はい」

『彼女は僕の友達で…』

「うん?」

『………いや、もう…その…』

「なにぃ。ハッキリ言って」

『ペットです』

「は?」

『この人、僕のペットです』

「んん?二股…って事?」

『じゃなくて…だから…ペットです』

「それはさっき彼女から自己紹介の時に聞いたよ!」

 

『性奴隷です』

 

ぐぼっっ。茶、噴射。

「えっっっっなに???勃つの?まじでー!よかったじゃーん!」

『え…』

「いやもう!亮介がめちゃくちゃそれで悩むから、私はなんとも思ってないっていうとそんなはずはないとか言うし、じゃあお前なにか?そんなはずはある!って言ったら余計悩むだろうがー!と思って遠藤さんに会社で毎日のように聞いて貰って、私はもう本当に気分が晴r…」

 

"性行為自体はないです" となかなかの意思でペットさん。

 

(ねぇーーのかよ!そこはあれよ、あってくれよ、じゃあ性奴隷じゃねーじゃん、あんたら頭おかしいんじゃないの?なによこれ、何の時間よ…)

 

亮介はいつか言わなければいけないと思っていた、と言う。SM愛好家のサイトに登録していて、彼女は最高品質のクォリティ高きマゾであり、自分の願いに叶っていた、と。

 

ハッとする。理由、それじゃないの?勃たない理由って、私たちの行為がノーマルだからじゃないの?…と思った。

 

『そうじゃないよ?だってほら…出来る時には出来るじゃん…ちゃんと勃つのに勃たないってそんな言い方…』

 

わああああ!もう!だから嫌なんだ、この手の話は!そうじゃない、そういう意味で言ったんじゃない!そうじゃないのにーーーー!!

 

いい加減イライラしてきて

「で?結局何が言いたいの?やりたいならとめないよ?いいんじゃないの?」

と言うと、違うんだ、ちょっとだけちゃんと聞いて欲しい、と言うのでその後は向こうの話を聞くしかなくなった。

 

亮介が言うには、性行為自体があるわけではないので会っても会わなくてもどっちでもいいが私が出来てからあまり興味がなくなった事、でも私に後で知られるとまずい事になるのではと不安だった事、イラついたときに会いそれは一時の安定剤のような役割だったという事、今日まさかペットが家に来るとは思わなかった事などなど。。。

 

自分の彼氏がSM愛好家だった!それを今日まで知らなかった!それだけでもなかなかに厳しい心の責めがある。これはなんだ、ペットさんには体への責め、私には心の責めなのか…?

 

「で?それを私が引き受ければいいわけ?」

『みゆちゃんにはできないしするつもりない』

「なんでぇ?お望みだからペットさんがいるんでしょ?」

『ペットは普通じゃないから…』

バカな…この状況も充分普通じゃないぞ?

 

「私は別に困らない。あなたもわざわざ全部を私に話さないでいいのよ?私は母親じゃないんだから。やりたいならやればいい。そんなところで私は騒いだりしない。私が出来ない事を私が出来るなんていっても無理が祟るだけでしょ?そういう部分はプライベートなんだから好きにしてよ」

『…いやじゃないの?俺が別の子とそうなってても…』

「いやじゃないよ別に。いいんじゃないの?そこまで私がコントロールできるわけじゃないでしょ?私はあなたのお眼鏡にかなわなかった、それだけよ。会社で使えない人材を専門部署に置いたって仕事回らない、それとおんなじよ。そこで働きたいなら働きたい側は働けるよう勉強したり資格取ったりその努力をする、雇う側は使える人間を今まで通り選別する、そんだけの事でしょう?」

これだから学生は、と思った。私たちはもう、みんな一緒!の学生のように力も持たず受け入れて貰えるようなそんな地にはたっていない。社会人は毎日を生き抜くのに必死なのだ。欲しければ取りに行く、それだけの話。現実は甘くない。

 

それから、私は誰のお眼鏡にも適うような人間ではない。子供も産めない(かもしれない)、結婚もできない(かもしれない)、頼るところもない、だから多くを求めた事はない。自尊心も自己評価も地の底なのは本当は私の方かもしれないのに、あなた達は痛いと言えば済まされる。それは生活を保障されているからだ、と心の中で毒づく。

 

『切ったり刺したりするんだ』

亮介の一言が空を切った。

「切ったり…刺したり………?血がでるじゃん!」

当たり前の事を当たり前に返してしまった。え。切ったり刺したり?SMっていうか、もうそれは行き過ぎた何か……。縛ったり叩いたり、悪い子にはお仕置きが必要だ!あーれーやめてぇーご主人様ぁあ~、ではないだと!?

 

「え!え!ペットさん、大丈夫なの!?あなたいいの?それで…」

"ものすごく快感です" と ペットさん。

いや、いいの?の意味!そっちじゃない!そんな事でいいの?嫌じゃないの?彼を好きだから受け入れているだとかいう意味ならやめなさいよ!って事よ…。

 

『ペットは切られたり刺されたりして自分の血が流れる事で安心する、俺は自分にはそういうのはできないから他人にそれをして自分から汚いものが出ていくような気分になって落ち着く…』

 

投影だ。リスカとなんら変わりない。もしかしたら彼は重症なのか、と思った。それこそ私が何とか出来るような小物ではないのかもしれない。思ってはいけない事をこの時に初めて思った。「存在が重い」と。その事はこの日の当時の日記にも書いている。

 

精神を傷めている人間と共に過ごす人にはわかる、共通の"しんどいわ!"が私にも来てしまった。思ってはいけない。見殺しにしてしまう。しかし、これは、手に負えないかもしれない…。

 

ペットさんは元々自傷行為があったが、ある時、人にされてみたらどうなんだろうな、と思って頼んでやって貰ったらそれが痛みの共有であり、自分を癒してくれる、誰かが自分を痛みから解放してくれる、と感じたそうだ。でもSMの世界にはそれこそソフトからハードまであって、なかなかこの状況を理解して付き合ってくれる人が少ない、ペットさんにとって亮介は理解した上で優しくしてくれる神であり、亮介もまた苛立つと自分が汚れたような気になって、凝固していくその血を外に出したい。

 

需要と供給だ。素晴らしい。素晴らしいけど、エスカレートするといつか死ぬ。感染症にもかかるし出血多量にもなるかもしれないし、健康上宜しくない。行為の先で人が死んだお互い同意の上だった、それでも殺人は殺人である。何よりもまず、人は傷つけないでも傷つかないでも、生きていけるはずだ。

 

悲しい、と思ったし、寂しい、とも感じたし、とにかく口の中が苦くて仕方なかった。吐きそうだった。何より亮介を"重い"、と感じた瞬間があった事。途中退席して口を洗いにいったほどだ。便座に座ると下着には少し出血があって、ああ生理が来るのか、だからこんなにイライラしていて疲れるのかもしれない…と思った。

 

ペットさんも同じく、あまりよい育成環境ではなかったらしい。そこから抜け出したいのに立ち返っている自分は、やっぱりそれを愛情だと認識してしまっているのかもしれない。人間が想像する事はやはり自分の知識からしか引っ張ってこれず、別の事を想像できたとしても実感を知らないので、この"幸せな愛"の実感、という物がこれからの彼らを助けていくかもしれなかった。少しの、明るい兆し。

 

「ペットさん、それってされてきた事を恨みながら、されてきた事が幸せだったと思ってるって事よ…それって幸せだったの?違うでしょ?」

ペットさんも夏なのに重装備だった。季節柄にあわせられない服を着ている人には何かしら事情がある、という事も知った夏だった。

 

「亮介がこれはもう必要ないなーって思い始めてるのは、今が幸せだって実感があるから、でしょう?何かに苛立って自分が汚れたみたいに思えるんなら、それは苛立つのが向いてないって事で、苛立つって事が不自然だって事で…根本的には優しいって事なんだと思うけど?弱い生き物ならそれはそれでよくない?こんなんは俺じゃない!って捻じれるからそうなんであって…いやこれも自分ですって受け入れちゃえばどうなのよ?

 

そもそも人はみんな端から残酷な生き物だし、こいつらは鬼かーって人間も私は知ってるよ?その鬼の中にはそうやって、人が死んじゃうかもー!って事して満足得られる人ってのもいるにゃいるんだろうけどさ…あなた達のって元々から持ってるものじゃなくって、愛情は罪!みたいに植え付けられた感あるじゃない?

 

なんか順番違う気がするんだよね~。苛立つ、安定の為に切り刻む、ああやっぱり俺は汚い…って最終的に汚いって思いたいわけ?ってなるじゃない?私が好きな物って汚いの?弱いの?ダメな奴なの?私そんなもん愛してるの?

 

…なんかそれって人のだいじなもんにケチつけてるのと変わらないっていうか…そっちの方がイライラするわw」

 

そういうと黙って聞いていた。

『みゆちゃんにあってから俺はいろいろ…自分の中でも変わってくなぁ変わってきてるよなぁ…って思ってて、自分が自分であることに嫌気がささなくなってきてて、ああ生きてていいんだなって思ってるんだよ。』

「いいんじゃないのー?若いうちは~悩めば~。亮介賢すぎるから色々考えるんだろうけど、今生きてるんなら、うまれてくるんじゃなかったー!より、生きてるぜー!を優先させないと、すーぐに年寄りだよ?あんたらホテルの清掃のバイトでもしてみるといいわwなんだよ汚しやがって!って思いながら自給も安いんだから、やってらんねーわ、こんな事するやつみんな死ねぇ!ってそっち側の気持ちも知るべきww」

 

言いながら、そうだバイトでもしてみたらいいんじゃないか?と思った。学校も何もかも面白くないから家にいる、なんて、自分を受け入れてくれる場所を知らないだけなのかもしれない。

 

ペットさんは

"亮介さんいい彼女見つけましたね"と言った。ペットさんはあの頃まだ十代だった。

興味本位でちょっとだけ胸元をみせて貰ったら、えげつない改造人間みたいな傷が残っていた。生きた証にすればいい、と言ったらペットさんは、初めて少しだけニコリとした。

 

ペットさんがその後どういう日常を歩んでいるのかは知らないが、彼女は彼女で

幸せ=傷、というその公式を打ち破るような愛に包まれているといいなぁと思う。みんな気の毒だ。みんなみんな。

 

亮介がペットさんを駅まで送っていき、その間どんな会話をしたのかはしらないけれど、戻ってきて、向こうも彼女さんを手放してはいけない、悲しませたり苦しめたりしてはいけない、というのでもう会わない事となった、と言った。ペットさんはまともだった。

 

私は私で送っていっているその間、コンビニへ行きナプキンとコーヒーとプリンを買った。プリン冷蔵庫にあるよ~と声をかけ、でも、その時の亮介の持つ私への依存と実は考えるよりも重そうな症状に、一瞬でも重いと思ってしまった自分の事も否めず、後ろから抱きしめられないように交わし、貼り付けの笑顔のまま何事もなかったような顔で夜は過ぎていった。

 

「私にしたいんなら…してみてもいいよ?」

と一度だけ言ったことがある。そうするととてもこの世の終わりみたいな顔をして、みゆちゃんには絶対できない、みゆちゃんが痛がったり苦しんだりするのみるなんて俺は絶対死にたいと思うだろう、耐えられない、だから絶対にしない、と彼は答えた。

言葉通り私が歯医者に行くから付き合ってよ、と言ったら、絶対に嫌だ、医者を殴りそうになる、無理だ、と付き合ってくれなかった。今になってその気持ちがよくわかる。私も子供をもって自分の娘の治療につきあう時は、必要な事だと解っていても、やめてやってくれないか痛がってるじゃないか、と言いたくなる。それくらい、私の事を大切に思ってくれていたのだと知る。

 

その夜、二人から離れた場所で携帯に着信が入り、向こう側で、チカチカしてた。