聴こえてくるのは、雨の音。

ある意味、避暑地(自分だけ)

キミの話-第二章 vol,1

一緒に暮らすと言ったって私は部屋は引き払わず、たまに荷物を取りに戻る形で亮介の家から会社に通っており、特に何が変わったというわけでもなかった。出来たら何も変えたくなかった。何かを変えてしまうと亮介が不安がると思ったし、元々はあの人の部屋なのだ。私たちのメッセンジャーは距離がなくなる事で動くのをやめた。

 

仕事もあの時代には技術者というものがまだまだ少なく、すぐに、やれどこそこの会社に応援に、そんな仕事ばかりで、その時腰を落ち着けていた遠藤さんのいた会社、あれもそんなクライアント依頼業務の中のひとつであり、元々は別からの出向であったので担当が私でなくなっても誰か別の人間が食い込む、という形で回るような物だった。時代に沿った仕事は使い捨ての駒だという頭でいないとスピードが速すぎてついていけない。ダブルワークは禁止も何も、こんな動きをしていたらばれる物でもないので、週末の単発バイトを入れたり入れなかったりもしていたが、夜はやっぱり一緒に過ごしたいし、休みの日にもふれあいたいので、単発はしばらくお預けとなった。

 

遠藤さんは現実の亮介に会わせた事のある唯一の人物で、私はとてもお世話になった。腰掛け応援の会社の方にあんなにもお世話になるなんて。当時初めてそこへ訪れた日、今でいう江口のりこソックリのめちゃくちゃ怖そうな人がいた。女性には何故かウケが悪かった当時の私は、やってる仕事に相反しふわふわしていてバカっぽく(間違いなくバカではあったが)その癖、男性社員からはチヤホヤされてしまう系の

 

あれは計算なのか?それとも地なのか?

 

というスタイルに映ったらしく、自分ではわからなかったが、江口のりこ似のあの顔で

「ぅわぁ~出たよ!同僚の女社員一同に嫌われるタイプナンバー1」

と思いっきり直球で投げられた。一発目でそれであるw

 

わーなんなんだこの人はー!…人懐っこいくせに怖くて意地悪、という難しさを発揮している彼女に対し、すげぇ怖えよ、あの人、帰りてぇよ…と思っていたら、やたらめったら私にチョッカイをかけてくるので、この人はなんだろう…と逆に興味がわいてしまった。

 

「あんた凄いね。びびんないじゃん」とか

「私まわりに超嫌われてるからねーwww」とか

「年考えてる?あんたの年って結婚しててもおかしくないんだからね?」とか

 

ズバズバ言う人だったけど、どこかちょっと可愛らしくて、はーい、や、そっすねー、とこちらも全然動じない態度を貫きつつ観察していたら、私が毎日別の本を読んでいるのが気になっていたらしく

「あんたってさ。速読の人なの?読むのが超早いか、全く読んでない雰囲気読者かどっち?」

と言われたので、残念でしたー♡どっちも不正解でしたー♡一個の事に没頭せずに同時進行できる読者なのでしたー♡と言うと、なにそれちょっと興味あるw要は尻軽って事?とりあえずお茶に付き合え、と誘われた。

 

彼女は貯金の為に我慢してこの会社を続けており、将来は翻訳家になってお金がたまったら出版業界に入り翻訳の仕事をしながら自宅で古本屋をしたいという奇妙な夢の住人で、私は今も昔も、人は人、自分は自分という考え方なので、じゃー募金する!とか、うまくいくといいね、と応援したら

 

「ちょっとぉ~あんた超いいやつじゃんー!可愛いタイプの女、私は大嫌いなんだけど、あんた超いいやつだったんだねー!」

 

と可愛がられ、私は私で遠藤さんをお姉ちゃんのように慕い、あまり恋愛上手でも、人付き合いのうまい人でもなかったのでなんの参考にもならなさそうだったけれどw一応はwなんでも相談して

 

おーこう考える人もいるのかー

 

と違う角度から何かと参考にさせて頂き、私たちは良い友達になった。

 

亮介の事を話した時、あんたがずっと言ってたま~くんとやらよりも私は彼の方が充分よいと思うと言っていたので、つっこんだ話をした時には反対するだろうと思ったら

 

「結婚しちゃえよ。そんな危ない男。ほっとけないだろうが」

 

と言われて笑ってしまった。精神的に弱いところがある、と言うと反対するのがありがちな対応だが、その時、遠藤さんは

 

「人は誰かを好きになると弱くなるもんなんだよぉ。今までかぶってた鎧みたいなのが取っ払われてさ、それを面倒くせぇ~!ってあんたがならなかったらいいわけだし?あんたがもし面倒くせぇ~ってなったとしても?そんな先の事は私にはなんの責任もないし知らないけど、それだけ好きだって言ってくれるんなら、あんたもそれで幸せでしょうよ」

 

意外ときちんとした返事をくれたので、会わせよう、と決心した。

 

会わせた日の夕方には、俺は何を着ていけばいいの、と彼はあたふたし、あーでもないこうでもないと珍しく緊張していたので、いつもの感じでいいよ、私の隣が一番似合う感じで、というとモノトーンカラーでシンプルにキメてくれて、俺があんまりみゆちゃんよりも目立つわけにはいかないしね、と言った。いこ♡と腕を引っ張って、約束の店に連れて行く。

 

席についたらお酒を頼んだので、やめときなよ、と一言声をかけたけど

『みゆちゃんのたいじな先輩でしょ?ならちゃんと付き合わないと』

そう言って、きちんと背筋を伸ばして座っていた。驚いた事に受け答えはとてもスムーズ、もっと対人恐怖的なそれが出るのかと思いきや全くそんな事はなく、場は和気あいあいと進んだ。

 

亮介がトイレにたつ間、遠藤さんは私に

「亮介くんってすごいね。ありゃ相当賢いよ?いままで向こうにふった話の中でどれひとつとして、それなんですか?って言わないもんね」

と言うので、大学生だから社会人の私たちよりも時間あるし、頭も使うだろうから記憶力とかそういうの私らとはきっとくらべものにならないよ、と笑っていたら本人が戻ってきたので、今亮介が賢いねって遠藤さんが言ってたよ、というと、僕なんか大した事ないですよ、同級生は殆どが東大だけどなんかカッコ悪くて、俺は行かなかったし、と言ったところで私は亮介を舐めていた事を知った。

 

「……な、なんと。そうなの。そりゃあなた、教師に向かって、算数できるなんて賢いですねっていうようなもんじゃない…早く言ってよ、そういう事はw」

 

『いや、やめようと思っててwみゆちゃん、いるし。俺、結婚したいんで。働こうかなって今、本気で考えてて…』

 

そんな事を聞いた後に、はいそうですか、じゃあそうしてね、なんて言えなくなってしまう。そんな簡単に…と遠藤さんと二人で声を揃えていると

 

『勉強なんて頑張れば誰でもできるだろうし、いつからでも遅くないでしょうけど、愛する人間は手放したらそれまで!ですからね。それにみゆちゃんは俺なんかよりもずっと賢い、まさに天才ですよ??むちゃくちゃ、俺を笑わせてくれるから、いっつも明るく過ごせます。』

 

とニコニコして言った。の、の飲みすぎなんじゃないの?大丈夫?自分で言ってる事わかってる??頑張っても入れない人もいてそれを苦に自殺する人もいるくらいだよ、学業ってのは!それを簡単に捨てるだなんて、冷たい水でも飲んだ方がいいよ、絶対!顔洗いに行く?手伝おうか?

 

『頑張ってもみゆちゃんを手に出来ない人もいるじゃん?俺はそれに合格してんだからそれ以外はいらないって言ってんの、なんか間違ってる?』

 

と言われて、遠藤さんが拍手しながら、いい酒だ!いい酒だね、おい、やっぱりあんたらさっさと結婚しちゃえよ、と笑った。

 

その夜を境に遠藤さんに「おい、新婚w」と呼ばれるようになり、遠藤さんはまた三人で飲みに行こうな、と言ってくれて、ここから数日後、新たに訪れる

 

"平成ペット事件"にたちあう事になる。