聴こえてくるのは、雨の音。

ある意味、避暑地(自分だけ)

キミの話-第二章 vol,3

会社で遠藤さんに昨日の話をするととても興味津々で、それはそれは私の立場よりも何よりもその行為自体に興味津々で、人間の関係性とは…と考えさせられると言った。

私は私で一瞬でもそれを重いと感じてしまった自分というのを激白し、自分の事もしっかり出来ていないのに何とかできるなんて思っているのが私は本当に馬鹿だ、私ほど無力で何も持たない人間も世の中には珍しいが、何か出来るだなんて思った事が恥ずかしい!私はあれかよ、妄想界の住人かよ…と漏らした。

「でもさー、私は向いてると思うんだよね~。あんたあれじゃん、子供、奪われてるんでしょ?彼は自分より年下だし、あんたも彼のこと、自分の子ぉみたいに大事にしてさ…普通なら私だって"やめとけよ、そんな男は!精神的に病んでてアソコも使いものになんないようなのと付き合ってても先見えねぇよ!"って言うとこだけどさwwまずあれだねw普通の女ならそんなの考えるにも値せん!って相談もしてこないし、悩みもせずにさっさと他いってるよw亮介君だってあんたがいなきゃボク死んじゃう~なんだから、あんたの抱える事だって受け入れるでしょ。それ知ったとこでビビるような相手が誰かの体、切ったりしないってwww

あんた達は結局のとこどっこいどっこいなのよ。お互いがお互いに求めてるんならそれ以上の事なんてないねっ」

と吐き捨てるように言った。私はまだ自分にある色々を亮介には話していない。話しても話さなくても、彼は変わらないという自信があったが、もし少しでもショックをうけるような事があるとすれば今のあのギリギリの精神状態では耐えられないだろうと思ったのだ。でも彼がショックを受けるとすれば、私に子供がいるだってー!?という事よりも

"俺よりその人の事、好きだった?" だ。亮介の考えそうな事はだいたいわかる。

『ところでさ。遠藤さん…朝、メール来てたの』
「誰から?……あ!あ!あーあー!あぁ。で?返事したの??」
これは一波乱あるのか!?と浮足立つ遠藤さん。あーあーの言葉からしてマサトからだと理解した遠藤さん。もう私辞典みたいな人だよね遠藤さんは。絶対楽しんでいるに違いない…。

携帯番号の再契約をした事で一斉送信メールをかけたのだ。連絡をするつもりがあったとかなかったとかそんな事は関係なく、全員一緒の内容で、電話番号が変わりました、という内容だった。それに対して

      • 番号変えなきゃいけないような悪さでもしたか?wそういえばお前、今って本社じゃないの?

と来ていた。キャリアが変わらないのに番号を変えるなんてそれなりに事情がないと、そうはしない。夏の重装備みたいなもんだ。そこには何かあるに違いない。

      • 悪さしたんじゃなくてされたのよ。。秋には戻る予定だけど、この夏は多分出向で終わる~。
      • 番号変えるなんて結婚でもしたのかと思ったよw職場どこ?近く?お前だったらSOHOで立ち上げてもやってけんだろ。そしたら雇ってくれw
      • まーねー、使える内の技術だよね~。で、お近くだったらなにw遠くでも別に困んないじゃんw

そこでメールは途切れていた。結婚でもしたのか、の言葉に、何も答えられなかった。

「仕事の話だけだよ?」
へぇぇ、と白い目で遠藤さんは言った。

家に帰ったら珍しく亮介がいなかった。どこにいるのー?とか、どこ行っちゃったのー?とか、気づいたらメールしてねー、とか色々うってみたけれど、メールに返事はなかった。お腹がシクシク痛んだ。昨日きたと思った生理が少しの出血で止まってしまい、こなかった。婦人病の治療をしている間は来たり来なかったりが当たり前になるので、熱っぽい体のまんま、家の主(あるじ)より先にシャワーを浴びてぼぉっとしていたらいつの間にか寝てしまった。

起きたら傍に亮介がいて、あ?起こしちゃった?と言った。メールしたのに返事しないから心配してたんだけど…電気くらいつけなさいよと言ったら

『あんまりによく寝てたから』
と言った。傍らにうちわが落ちていた。もしかして仰いでいてくれたのだろうか。
『暑いだろうな~と思って』
感動した。人が寝ていたら、何寝てんだよ起きろよ、はあっても、よく寝てたからそっとした、はなかったし、夏は暑いもんなんだよ!はあっても、寝苦しそうだから仰いでた、なんて言葉を頂いた事もなく、青い電球の下で、うっとりと亮介を眺めた。
『バイト行ってたの』
「えっっっっっ」
笑いながらもう一回、バイト、行ってたの、と繰り返した。

ばばばバイト!バイト行けるのあなた。
『みゆちゃんと美味しいもの食べに行ったり、旅行に行ったり?そういうの、したいなー、させてあげられたらなーって考えてたら、自分でちゃんと稼いできて、喜ばしてあげなきゃなーって思ってさ。前にしてたバイト、また始めたの』

愛の力ってすごい!!愛ってすごい!
以前していた家庭教師のバイトが登録制で一時的に中断していたら、亮介先生は?と聞いてくれていた子がいて、今日は入れると連絡があったとそのお宅に事務所が連絡したら、親子共々、先生に来て貰って!と連絡があったんだよ、と言った。求めてくれる人がいる。感謝した。生徒親子に感謝。今でも、もしお会いできるなら、感謝を伝えたい。

「え!じゃあ疲れたでしょ!?疲れてるでしょ??仰いでくれてる場合じゃないよ?私が仰ぐよ!…てかここエアコンあるんだから入れればいいじゃん。こんなアナログな事しないでも!」
と言ったら、ふはははと笑った後に

『可愛かったんだよ。なんか。みゆちゃん窓開けっぱなしでグーグー寝ててw家に戻ったら愛する人がいてさ。綺麗だったんだよねその景色が。そういうのって、温度とか空気感とか全部でソレって感じなんだよ。だから何にも変えたくなかった。そいえば去年の夏まつりの時のうちわ、洗濯機の間に放り投げたまんまだったよなーと思って、それ持ってきたのw』

亮介はいつも、感覚が美しかった。瑞々しい感覚の持ち主で、詩人のような言葉を、柔らかな口調と柔らかな声で私に聞かせる。素直の人だった。嘘のない誠実な言葉たち。男だとか女だとかそういう物を取っ払っても、人間としての感覚に優れていたし、自分にも他人にも正直だった。私に対しては特に。誠実であろうとするあまり、隠してもいいはずの何かを全て私に話そうとした部分も、亮介の誠実さと正直さだ。だから私はそれを重いと感じてしまい反省をしていたのだ。理由が後でわかる事がある。仕方がない、という言葉を発する時、そこにはいつも違和感があって

(そう感じても仕方ない)

の言葉の"仕方ない"には、何かしらどこかしらのひっかかりがいつもある。諦めと納得出来ない事への表れ。それがどこかで解っているはずなのにしっぽを掴めずにいるその、違和感だ。なんなのかが解らない、表現しきれない、それはきっと賢くなり過ぎたからだろう。重いと感じても仕方ない、の仕方ないは、理解のあるふりをして、全く理解出来ていないまま、自分のわだかまりとなる。

亮介は天才的な頭脳を持つと同時に素直な子供のままの心を持っていた。ただ負った傷が深かっただけだ。後遺症に思い悩む人と同じ、今日は雨が降るから頭が痛いんだよねぇに似た状態で日々を過ごしていただけなのに、それを重いだなんて思ってしまった事が私の感じた罪の意識だった。私よりも充分に生き辛い者をみて、重い、だなんて何事だ!!

私より先に亮介が

『色々、心配かけてごめんね?』
と言った。私もごめんね?と言ったら、今日までみゆちゃんが俺に迷惑かけた事なんて一度もないよ?俺は心配かけっぱなしだけど…と彼は彼で反省していた。

雨の日風の日、晴れの日もあれば嵐の日もある。二人の愛が薄れる月日のその時までにそんな頃もあったね~あったよね~と笑いあえる位に心の傷も回復していれば、今の努力は無駄にはならない。
「今度、病院一緒に連れてってよ。私も先生の話、聞きたいし。先生の顔も見ておきたいんだよね~。私がいればきっと治る病を、医者のくせに治せないからって投薬で誤魔化す、そいつの顔、みときたいじゃん?w」
『いいよ?でも平日だよ?みゆちゃん仕事じゃん?休んじゃったりしても平気なの?』
「あの現場は遠藤さんがいるから平気w図書館にも行こう!読みたい本も山ほどある!」
亮介がどう診断されているのかを聞いて図書館で調べるつもりだった。愛以外の打開策があるかもしれない。

部屋には繰り返し、当時彼が好きだったバンドの静かで切ない一曲がずっとかかっていた。
「ずーっとかかってるねこれw」
と言うと
『みゆちゃん知らないの?みゆちゃんが寝てる間はずーっとこれ、かかってるんだよ?』
全く知らなかった。

『これ聞きながら、みゆちゃん寝てるのを眺めてると、どんな夢みてんのかなぁ~?俺の夢かなぁ?俺の夢だったらいいなぁ…なんてずっと気持ちの中でお願いしてるwすごいだめな俺wwみゆちゃんにはほんと弱いのww』
「夢で逢う必要あるの?目の前にいるのに??」
亮介のピアス穴に触れる。バイトだったから外したんだね。

『みゆちゃんって誰か本気で好きになった事あるの?恋するってきっとそういう事だよ?』

私はあれから、恋をしなかった。

◆その時の曲の歌詞を特別に載せておきます。
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