聴こえてくるのは、雨の音。

ある意味、避暑地(自分だけ)

キミの話-第一章 vol,1

2004年、そろそろ夏も本番に入ろうかというある夜の事、最近全く連絡のつかないマサトからの連絡を待ちつつ、部屋で独り、ぼんやりとしたあかりをともしビールを飲んでいる時の事だった。箸も全く進まずで肴の刺身も急激に生ぬるく乾き、色がくすむ。その色を見てテーブルの上に置きっぱなしだった鏡を覗く。私もくすんでいないかどうか、心配になったのだ。

 

突然、キラリーンという派手な音と共に、ロゴの飛び回るスクリーンセーバーの黒い画面が消えデスクトップパソコンのブラウザが、煌々と部屋に明かりを垂れ流しながらメッセンジャーを立ち上げた。連発してメッセージを流されると延々とキラリーン、キラリーンとけたたましく人を呼ぶ。

 

なんだよ…うるせーな…今映画観てんのに…

 

彼氏から連絡がない。マサトはいつも携帯にメールをよこす。だからあのメッセージは別の人間からだ。画面には

 

「おばさん!」

「ねぇ」

「いないの?」

「いるくせに!どうせ暇なんでしょ?」

「オンラインになってるよ?」

 

好き勝手どんどんどんどん連打している。亮介だ。

『あ?いるけど?なん?』

「もうすぐ俺、誕生日なんだよぉ」

『で?知るかよ』

「機嫌わりぃねwwもう更年期なの?」

『もぉー!終わりかも!!また終わりかも!もう次はないかも!』

「また言ってんの?w心配ないwもう他に女いるってw諦めたら?」

『いちいち気に障るような事言いにちょっかい出してこないでよ。結構ダメージでかいんだから…』

 

あの頃が全盛期だったであろうY社のメッセンジャーは時代を経て10年後の2014年の三月末で終了となった。今ほどもセキュリティーにも個人情報にもうるさくなかった時代、まだパソコンを持っていない人も沢山いた。パソコンを持っている人達はメッセンジャーにログインして繋ぎっぱなしにしている人も多かった。ログインすると自分のIDの隣にオンラインマークが表示され、若者の出会いの場に、離れた友達同士の連絡ツールに、と大活躍していた。今のようにネットを使った犯罪もそんなに多くなかったし、猫も杓子もネット環境とはいかないので自分のIDが知られたら困る、あの人もあの人もあの人も使っているから…なんて事もなく、そこは割と和気あいあいとした、ほのぼのとした世界で、眠れない夜に眺めていたらたまたま相手がオンラインだったので話しかけて、はじめまして、という会話から始める事も多々あった。亮介は典型的な夜の生き物で殆どのIDが消えかかる中、いつ話しかけてもそこにいた。

 

始めて話しかけたのはどっちだっただろう。若さ故に各々が悩み、私もそんな中の一員で、よく眠れない夜を過ごした。趣味のように仕事を入れて、ダブルワークが禁止の会社でも"バレなきゃいいや"と休みの日には単発の派遣のバイトを次から次に入れ込んでは、全く連絡のつかない彼氏であるマサトとのすれ違いをごまかした。私は忙しい。私はいつも何かする事がある。だから連絡がとれないのは当たり前の事だし、待ってなんかいない、そんなフリをしていたかった。向こう六年近く、付き合ったり、別れたりを繰り返した。

 

結局いつも、途中で誰と恋愛しても最終的にそこへ戻るのだ。暇な日は好きでもない人間とデートに出かけたりもしたし、事実、こうして会った事のない亮介とネット上で下らない話を繰り返している。

 

『あんたさ、誕生日ってのは彼女に言いなさいよ。いるんでしょ?彼女。いないの?モテそうにないもんね~』

「いや、いるw一応いるよ。結構気が強くて、綺麗な子。」

『じゃあいいじゃない~そっちに言いなさいよ。なんで私なのよ。』

「ん~いまいち、なんだよね~。どっか信用できないっていうかさ」

『それあんたの問題じゃん?相手の子の問題じゃなくない?w』

「おばさんの彼氏もきっとそんな感じなんだろうね、気分的に」

『……寝るわ。誕生日、楽しんで』キィー、バタン。ログアウトする。

 

独り、部屋で続きのビールを飲みながら煙草を吸う。借りて来た映画は全く頭に入らなかった。こんな事なら夜もバイト、入れときゃ良かった。忙しそうに見えてもそれはただの見せかけで、私は何も満たされていなかった。好きな人に好きだと告げる事も、ただ傍にいたいだけだという事も、何もできなかった。マサトは結婚相手に私を選んだりしない。ただただ不安定な恋をしていた。

 

長い事オフライン状態を続けていたメッセンジャーを久しぶりにオンラインにしたら亮介が多量のメッセージを独り言のように送り続けていたらしく、立ち上げると同時にキラリンキラリンと鳴りっぱなしだった。時間は全て深夜帯に送られた物で、こいつは一体いつ寝ているんだ…と思いながらそのまま

『あんた…いつ寝てんのよ。』と届いていた物を一切読まずに一言送りつけてやった。

 

「おばさん、久しぶりじゃん~。元気してたのー?」

相変わらずだった。即答で画面の向こうにいる。

『元気だけどさ。その呼び方やめてくれる?四つしか違わないでしょ?』

「四つも違えばもうおばさんだよ。20代前半と20代後半に分かれるんだからw」

『ごめんあのさ、くれてたもの、全く読んでないんだけどw』

「ああ、いいよ。気にしないで。暇だっただけだから」

 

亮介にはそういうところがある。自分がどうあろうとあまり他人には関係なく、逆に他人の事も自分の事ではないから関係ない、というような、善くもあり悪くもあるような、常に面倒くさそうでいてどうでもよさそうな、そういうところがあった。亮介の事は嫌いでもなかったし、好きでもなかった。それこそ、どっちでもよかった。こういう二人が寄り添うと、その場さえよければいい、というような関係になるのでこの子とは深入りせずにネットだけの関係に留めておこうと決めていた。

 

その頃の本職は会社員で私は技術職についていた。仕事をこなし、休憩中、携帯をみるとメールの着信があり、何日も何日も欲しいと思っていたマサトからのメールで、嬉しいのになぜか心底脱力した。放っておいてごめんね、も、どうしてた?もなく、一言目に、俺今日休み、と入っていた。

----会えるなら合わせるけどそっち用ある?無理なら他と飲みに行くけど。

 

うん、と言うと新宿で会ってそのままホテルに直行。朝から仕事だからまたね、になる。だからと言って会わないという選択をすると、きっとこの先もまた連絡が止まり、数か月後に何してる?が飛んでくる。何も返せないまま残業になり、もう出向けないとなった時に後悔しながら、後悔するような返事をした。

 

----いつもの事だけど、私たち、もうだめかもね。