聴こえてくるのは、雨の音。

ある意味、避暑地(自分だけ)

キミの話-第一章 vol,2

久しぶりにマサトが連絡を寄こしてくれた。それなのにニコリともせず、あんな返事を投げつけた。ひどいものだった。好きならば自分が遊ばれていてもひとつ返事で"はい!喜んでー!"と飛びついていればいいのだ。なのにそれが出来なかった。好き過ぎたのだ。都合のいい女でも構わない、そう言ってしまうと本当に都合のいい女で終わってしまう。だからといって本命になれるかと言われると、それはたぶん無理だ。私には背景がない。みなしごも同然だった。結婚するとなると両家の挨拶がある。それも出来ない。それに…若い頃からの無理が祟ってか、私は婦人病を患っていた。ピルを飲み定期的に卵を出さないようにし、リュープリンというホルモン療法を受けていた。まだ20代であったが医師は自然妊娠は難しいであろうと言った。

 

マサトは私がピルを飲んでいる事も、婦人病の治療をしている事も知っていた。心配してくれたのは初めの方だけだったかもしれない。いつからかそれは、避妊しなくても子供が出来ない、にすり替わっていた事にも私は気づいていた。

 

家に戻る地下鉄の駅のホームは生ぬるい風が吹き、明日も今日と同じようにほぼ眠れずに出社するのか…と思うと家に帰るのが嫌になった。JRの列車の窓からみえる消えかかる街並みと、ガラスに反射する自分の悲しい顔を見なくても済む、それだけは救いだったが、地上と地下鉄の気圧の差のようなものが息苦しさを与え、切なくて切なくて仕方がなかった。竹芝あたりに新しいクラブを開拓した頃だったのでそっちに立ち寄って朝まで…そんな事も考えてみたが全く気分が乗らなかった。このままだと泣いてしまうだろう。

 

家に向かって一駅進んだ頃に携帯用のメッセンジャーサイトへ飛ぶ。アプリなんかない時代、直接にベタなページから入り込めばログイン出来る。亮介、オンライン。

『ねぇ、今、家にいる?そこにいる?』

すぐに返事が戻ってくる。

「いますけど~」

『亮介ってさ、どこ住み?』

「杉並~」

『了解!バックします!』

「は?おばさん何言ってんの?w」

『会お。今から会お。おばさん奢るし、会お』

「何言ってんだよ、帰んなよw俺、おばさん趣味じゃないんだわw」

『抱いてくれとか好きだとか言わないわよ。とにかくそっち行く』

「ちょっとー!マジで言ってんの?帰れって~。迷惑~」

散々嫌がる亮介を説き伏せて、どの駅で降りればいいかを聞いて、そのまんまの、働いたままの化粧もなおしていないような状態でご指定のその駅に向かう。来るな帰れと言いながら、どこで乗り換えてどの線で、ときちんと指示までする亮介は案外良い奴なのかもしれない。そっけない態度の年下はどんな風貌で待っているのか、ほとんど家にいる気もしていたし、多分相当もっさりした青年だろう。私は大人なので一応、グロスだけは引き直した。

 

指定された駅につき、出るとすぐにロータリーに面した歩道にグレーだかブルーだかわからないスモーキーな色の鉄のガードレール様の物があり、そこに煙草を吸いながら半分腰を預けたような恰好で、シルバーの髪でジャラリと耳にピアスをつけたバンクスがひとりいたけれど、まさかあれではないだろう。ボトムスのところかしこにジッパーがついていた。機能性の為なのかデザイン重視なのかはよく知らないが、そこをくくって何の意味があるのだろう…というような中途半端な場所にベルトのようなものがついており、バンクスの方々の恰好って全然理解できないや…とその姿を眺めていた。

 

煙草を吸うたびにその人の指についたシルバーの指輪が街灯に反射して光る。私はどんな芋が転がってくるのか、まだかまだかと待っていた。その街にはコアな方々がいらっしゃるというのは知っていたが、夜も更けていくのにあんな怖そうな人が駅にいるなんて…早く来なさいよ、芋助、なにやってんのよ、と心細くなった。

 

「まだなのかー。おばさんー。帰るぞー?」

芋助、駅にいるの?と思いくるり見渡すとその銀髪が携帯を触っていた。まさかのまさかでしょ……私の中の芋助は、ジャージで、売れないコメディアンのような顔をしたソレの予定が、コアとはいえどもそっちの方からするとどっちか言うとあれは相当オシャレ…という人物が、やはり携帯を触っていた。

『もしかして駅にいる?』

と打ってみる。

「待ってんだよ、早くしろよ」

と怒りモードである。もしあの人が芋助だとしてあれがそんな風に声を荒げたらめちゃくちゃ怖いな…そんな風に思いながら

『バンクスの方?』

と打ったところで向こうが顔をあげた。

「ぜんぜん、おばさんじゃねーじゃん。なんか腹立つわ」

との言葉。

『ジャージ、着てきてくれないとわかんないでしょ?w』

「は?俺ジャージで行くわっつった?」

『いや、亮介のイメージww』

「残念でした、俺こんなでーす」

煙草を指で飛ばして足で踏んずけて、あちらが前に進み、私も前に進み、どっちよ、こっち?なんて言いながらはじめまして、を二人で踏み出した。くたびれたOLとバンクスで。