聴こえてくるのは、雨の音。

ある意味、避暑地(自分だけ)

キミの話-第一章 vol,11

亮介の発した声に、ん~なにがぁ?と後ろから画面を覗きこんでギョッとする。

 

メッセンジャーには溢れんばかりの罵詈雑言。嘘つき、最低男、やりチンもやりマンもどっちも死ね、地獄に落ちろ、あの女許さないっ、等々…。添付画像には何枚も何枚もぱっくりと大きな口をあけた沼のような患部接写のリスカ画像……。

 

「やりチンって…滅多に勃起しないのに」

 

そこかよ!そこじゃねーだろ!と心の中で盛大なツッコミ。

これはヤバいね、貧血起こして死ななきゃいいけどね、と言うと亮介は

 

『いやもう、死んでいんじゃね?』

 

と煙を吐いた。なんでこんな厄介なのと知り合いなのよ、自分なら何とかしてあげられると思ったの?それとも自分もどこかに頼りたくてこんな感じになってんの…??

 

心を痛めると自分ではどうしようもできないくせに、自分も助かりたくて、その痛みがわかるからと手を差し伸べようとする。若いうちは本当に、これが多い。最終的にどちらかがどちらかの足を引っ張り、両成敗。自分さえしっかり立てていないのに他人を助けられるわけがないのだ。THE傷の舐めあい。

 

私も隣で煙を吐く。明日から仕事だ。その女は可哀想だが、人は自分しか自分を助けられない。付き合っている暇はない。私は中途半端が嫌いだ。死ねないのならやめておくべきだし、やる気あんなら本気でとことんいけ、というテンションで生きている。だからそうした行為にも及ばずに、済んでいる。

 

「死んじゃいけないとは思うけど…さ…こういう人って刺激したり相手するとまたエスカレートするよ~?亮介の感じだと、引き留める、もしくは散々言い返す、どっちかになっちゃうし……まぁこんなん送りつけてくるんだから、私はあなたに惚れているのになんでその女を選んだの!って言ってんのと同じだけどね……お薬飲んでる人なら発作的なそれなんじゃない?向こうだって死なない範囲で切ってるだろうし」

 

これらの何が残酷か、と言うと、何がしたいのか、何をお望みか、が全く伝わってこない事にある。死にたくもないし生きたくもない、例えば飯屋でメニューを見せられて、なんでもいいです、ではオーダーが通らないのに、お前が決めるべきだろ?と言わんばかりの暴力をこちらに振るう。自分の食べたい物は自分で決めて下さい。勝手に決められたらまた、それはそれで、わかっていない!自由選択の余地がない!と怒るくせに。

 

こちらはこちらでそれらも解かっているので、死なない範囲でやってんだろ?と悲しい事を言わなければいけなくなる。それらを言わせているのは自分である、という事に全く気付いていない。諦められるように仕向けているところが残酷なのだ。諦められたら、られたで、どうせ私は!と高をくくったように言う。自分だけが面白くなく、助からない、と思っている。自分の痛みは誰よりもでかい、と思っている。みんな一度は思うんだぞ?死んでしまいたい、と。

 

一言で片づければ「バカ」だ。こういう人は本気の地獄でも一回みてきた方がいい。死にたくない!そう思うから。

 

『選ぶわけねーじゃん、こんな女』

 

と亮介がいら立っている。背中を撫でて、イライラしないの♡と優しく諭す。イライラする、確かにイライラするのだ。私でさえイライラする。知るかよ、自分の人生だろ?

でも亮介は今はまだその感情をうまくコントロールする事が出来ない。

 

『ごめんね、みゆちゃん…』

 

と言うので、え!なんでっっ!?と言ったら、私が悪く言われている事が自分のせいで、自分も相手も許せないと言った。いいじゃない別に、言わせておけば?負け犬の遠吠えにしか聞こえてこないわよ?張り合ってもないけど、まぁ…可哀想ねーとしか思わないわ、と言うと、んんんんん~と言いながら抱き着いてきた。

 

え?何?お薬案件なの?これ??飲ませたくないんすけど…。今から帰らなきゃいけないのに心配になってしまう。私も必要以上に休むわけにもいかないし、仕事の類の物は全て家だ。どうにかならぬものか…と思い、パソコンを借りて、仕事用に使っているメーラーを開くと

 

(休んだ日の分の処理おねがいしまーす。上にはうまく言っといたんだから、今度おごれ。----遠藤)

 

という女の先輩からの一言、と共に、ファイルがついていた!あ…やべぇ…朝までかかるやつ、これ…。

 

「亮介さ、私もう帰らないと明日から仕事行かなきゃならないし…帰りこっち寄ろうか?そのまんまこよっか?」

 

心が揺れているのがこちらにまで伝わる。サヨナラが苦手な人だ。サヨナラをする一番タイミングの悪い時に、変なのと付き合っている自分がいて、それに巻き込んだ自分もいて、嫌われるかもしれない、そんな自分の事を嫌になってみゆちゃんは帰りたいと言っているのかもしれない…と、どんどん悪い方向に考えていそうで…

 

ねぇ、大丈夫なの?と言ったら

 

『大人だから大丈夫』

 

と顔を上げずに子供みたいな事を言った。気になったので、家に戻ってからカメラ繋げようか?作業する姿しか映らないし投げられた言葉にしか返事できそうにないけど、と告げると、そうしてほしい、と言った。それでいいならそうするね、と言ったのはもう駅の改札で、私は家路を急ぎ、家に着き、デスクトップを立ち上げてメッセンジャーを繋ぎ、メーラーからファイルを落とし作業をした。なんにも話さない、ただ画面をのぞき込むような私の姿が亮介のところには垂れ流されていたはずだ。仕事仕上げて、返信。

 

朝だった。もう朝だ。少し眠ったら出社だ。

"終わったから寝るね。なんかあったら携帯に。"

メッセンジャーに打ち込んだ時にはあちらから返事はなかった。昼には散々愛し合ったし、疲れて寝てしまったんだろう。

 

翌朝は目が覚めたのがギリギリの時刻で、着替えて駅まで走り、なんとかいつも乗る電車には間に合って、ほっとして、その日初めての携帯を手にする。着信の数がすごい事になっていた。あ……まさか……あの女か…そう思い、着信の履歴もきちんとチェックせずにアドレスフォルダからリスカ女の着信拒否を設定、キャリア側にもそれを指定、はいOK~!ここからラッシュ、はいりまーす!

 

乗り換えの駅で気づく。あれ!着信拒否、有効になってない?なんで??

 

履歴をみると知らない番号がずらりと並んでいる。どれもこれも、知らない。

また鳴る。恐る恐る、出る。

 

「あ、りなちゃん?みましたー、自分東京なんだけど、これからどう?」

「…はい?違いますけど?」

「え、これ、りなちゃんの番号だよね?」

と番号を復唱される。確かに私の番号だ。しかしあれだ、りなって誰よ?

「すみませんが、どこでこの番号を?」

「にちゃん」

「は!?えっっ!?あのですか、ネットの!?」

「あー、もしかしてあれかな?誰かに勝手にのせられちゃったとか?」

「あの!詳しくお伺いできませんか?全く知らない人にこんな事いうのもなんですけど、力になってくれたら今度、奢ります!あの、私、今から会社で、通話難しいんで…あ、メッセンジャー使ってます??ID簡単なら教えて下さい!今から繋ぐんで!ちょっと電車のります。電車が込んでなかったら携帯からログインします!無理なら会社についてから連絡します!よろしくお願いします!」

 

そう言って電話をきって、遠藤さんの携帯にメールする。

ーー遠藤さーん!大変な事になってるみたいー!!いま、変な人から電話きて、私の番号、にちゃんに載ってるってええ💧どんどん電話かかってるー!今も鳴ってるのー!どうしよぉお。とりあえず、会社いく。あ、今朝ごろ、処理しときましたんで!仕様書だけメール添付いたしやした~

 

ーーおちつけー!おはよー!とりあえずー!もう私会社入ってんだけどぉ!上役連中は午前中、外で会議らしい!外いって見てこいって頼まれてるもんあるから、あんたの分はこっちから触って出社処理してから一緒に外に出たって事にしとく!駅前のいつものとこで待っといてー!出るからー!

 

最高だ。最高だぜ。熱いぜ先輩。

 

先輩と落ち合って喫茶店でコーヒーを飲む。

『ここ数日何やってたの?会社こないし、あー、あんたのまーくんかぁ?また別れたの?』

いいえ彼氏が出来ました!と言ったらコーヒーを吹き出しそうになっていた。

 

『なんなの、急展開すぎない?まぁさー、…んでもよかったんじゃないのそれでwどう聞いたって、まーくんはよくないよー、まーくんはぁあ。どんないい男なのか!見てみたいぞ?まーくんw』

いや、それはいいの、それはいいから私の今の話を聞いて?と今週末のトピックを話し、多分それ、あのリスカ女!と話したら爆笑していて、もうそれはあれだね、番号変更する以外回避方法ないね、死んだね、死んだ死んだ、と他人事のように言った後に

 

『私はまた、まーくん側からの刺客だとばっか思ってたよ~。いやしっかし…!どいつもこいつもお前らはあれなのかー色きちがいなのかーww』

と高らかに笑う。あーあーもうーやっぱり番号交換、それしか回避策ないのかー…今度その彼氏にあわせるー、新しい人ー、よろしくーと遠い目。

 

私はさっきのよく知らない人に連絡して事の真相を知ってから社に戻るのでよろしくです!とお願いし、その場でその対応に勤しんだ。メッセンジャーを開くと、よくしらないその人からメッセージが届いており、それが記載されたURLと共にスクリーンショットが添付されていた。

 

「SEX大好きの、りなでーす。やってもやっても足りないので誰かりなと遊びませんか~?激しいの希望しまーす」の言葉と共に、私の電話番号とその場で作られたであろうフリーメールの頭の文字がrina aiuchiになっていた。愛内里菜!!

 

似てるなんて言われた事ないわ!なにそれ、ひくわ!

これが私の"平成の愛内里菜事件"である。

 

そのよく知らない人は親身になって話を聞いてくれたけど、この人はワンチャンあれば、と思ったのかもしれないし、本当に優しい人なのかはよくわからなかったけれど、わざわざそのページに

 

『ここに載ってる子に電話して、いま話したんだけど、変な奴に逆恨みされて番号晒されて困ってたから警察にいけってアドバイスした。俺もやれるならと思って電話した一人だから恥ずかしいけど、おまえら電話したってできないからやめとけ!グッジョブ下さい』

 

と書き込んでくれ、アンカータグでその人に向けてグッジョブ!の言葉がつきまくり、山崎渉aaが貼られ、溢れんばかりの着信が昼過ぎには一気に減った。

 

昼の休みを少し遅れてとったので、その時に亮介に連絡をしたらその時にはまだ眠っており、着信で起きだした気怠さで、久しぶりによく眠れた…と言っていて、隣にいないのがさみしいよー、とか、今日は何時にかえってくるのー?とラブモード全開、私はそれどころではなかった旨伝えると、脳みそフル回転したらしく

 

えっ、は? えっ、はっ?の連発で…うっ!はっ!のジンギスカンの曲じゃねーんだからよヲイ…だった。

 

「まぁ…そういう事で。仕事終わり次第、そちらに直帰で~♡」

『ぅあのクソ女がー!!』

「怒らないで。落ち着いて。心配で仕事にならないから、とにかく落ち着いて。薬は、私がいる時にして。いない時に知らない量、飲んでほしくないよ。わかった?とにかくねー、いい子で♡」

と電話を切り、思い直してもう一度かけなおし

「伝え忘れ。さっき女の先輩の遠藤さんに亮介の事話したの。彼氏が出来たって言ったら今度紹介してよねって言われたから、その時には同席してね♡じゃ」

とても嬉しそうだった。大学生にはあまり想像できない社会人の日常に、年下で頼りない、自分の事を俺なんか…と思っているであろう亮介が、私の日常に登場する。ねぇそれって素敵だと思わない?亮介とっても喜ぶわ、私もそう思っていたから、ねぇ亮介。自分をちゃんとコントロールして、これからを素敵に、一緒に歩んでいきたい、でしょう?なら、よくしてかなきゃね。そう望んだ。

 

二人の夏は、永遠は、まだまだこれからだ。