聴こえてくるのは、雨の音。

ある意味、避暑地(自分だけ)

キミの話-第二章 vol,6

8月、夏の盛り。町内の夏祭りではそれぞれに担当場所が割り振られ、今年はイカ焼きを頼まれたんだよ、と亮介が言った。

「亮介さ、祭りもいいけどほんと学校…どうなってるの?いいの?」

と聞き、笑いながら

『みゆちゃん何言ってんのw学生は夏休みだよw』

と言われ

 

あああーーー!学生はー!夏休みだってー!遠藤さんー!なぜ社会人には夏休みがないのか!!海いきてぇなぁ~!と会社で嘆いた。お前のような女がリゾートなんて言い出したらもう二度と社会には戻らないだろうよ…と遠藤さんは常に私を貶しつつ、でも愛のある意地悪で、仕事と日常を支えてくれた。遠藤さんの会社への出向応援は9月の半ばあたりを目途にしていて、それが終わったら毎日は会えなくなる。本社の新しいプロジェクトを誰も発起しなければ、誰も始動開始しなければ、有給で10月まで食いつぶしてから本社復帰もありか?そんな事を漠然と考えていた。

 

一時的に休止状態になってしまっている、今まで週末にガンガン入れていた単発の派遣バイトは飲食店が圧倒的に多く、行く先々では何かしら気に入って貰え、先方が私ご指名でいついつ入って欲しいと仰っている、とよく連絡を頂いた。夏の間はビアガーデンや、飲み放題食べ放題の商品がよく出る。団体客が増えるだけにあちらも稼ぎ時だ。

 

ごめんね、皆さん。私、もしかしたら、海外逃亡かましちゃうかも、でへでへ♡

 

出向先は本社のようにひどい残業をこちらに任せたりしない。なんたって私は借り物、定時上がりがデフォ!はい時間だーお疲れ~!また明日~!!

 

まだ明るいうちに亮介の元に帰る。亮介はお部屋を涼しくして私の帰りを待っていてくれる。ただいまー!おかえりー!繰り返される日常、元気よく響く声、亮介の大きめなTシャツを借りて夏の暮れを待つ幸せ。

 

この日は珍しく、ドアをあけてもいつものおかえりー!は聞こえず、代わりに笑いながら話している声が聞こえた。私を認めると

"あ、うん、彼女戻ったし切るわ。待ってんね、気ぃ付けて"

と言った後に、みゆちぁああん!と本日初のあの呼び方のあと立て続けに

『友達くるって!いまから!みゆちゃん着替えちゃいな?』

と言った。どうやら同じ釜の飯をくった学生時代の友人が部屋を訪ねてくるらしい。

 

「え、私、いていいの?いない方がいいんじゃない?久しぶりに会うんなら積もる話も沢山あるでしょー?もしあれなら…単発のバイトの話も入ってたし、急遽いまからでもって言えば…」

 

と言ったら

 

『みゆちゃんいないと意味ないでしょwみゆちゃんを会わせるつもりなのにw』

 

と言われた。あ、そかそか。大学生だもんね、そりゃ彼女できたら、この人俺の彼女~って、なりふり構わず周りにアピールしたい世代よね、なるほどなるほど。

 

程なくしてお友達がやってきた。その子は京大に通っており、夏休み中はこちらの大学に通う当時の同級生の家を渡り歩きながら、東京を満喫して帰るのだと言っていた。眠る場所は既に別の友達の家に予約済とのこと。

 

"いゃあ~実はそのまんま、そいつんとこ行こうと思ってて。とりあえず亮介にも東京行くからって連絡いれたら、一発目にこいつが、俺好きな人できたんだ!って言うから驚いてwそしたらもう一緒に暮らしてるし結婚も考えてるっていうから、なら会わせてよって話で、いまですw"

 

と言った。あ、改めまして、彼女です、亮介がいつもお世話になっていますwと挨拶し、二人の会話の邪魔をせぬよう、場に座っていたら、その子がコーラを飲みながら

 

"もう、どうしても気になっちゃってwwだってこいつ、これまでも、彼女は?ってきくと、いる事はいる、ってハッキリしない言い方してたんすよ。女の話となると、まったく乗ってこなかったから、亮介、実は男が好きなのかな?って俺らの間ではいつも話題になってたwww

 

深雪さんが初めてですよ~こいつの口から、好きな人が出来た!って聞いたの。そんな事言われたら、どんな人なのか気になるし、俺亮介の彼女にあってきた!って他のやつより一番乗りに自慢できるしー"

 

『だって今まで好きな人いなかったんだから仕方なくね?』

 

"おおお~言うねぇ~。で、深雪さんってどこの大学なんすか?"

その子が言った。亮介がケタケタと笑いながら

 

『みゆちゃんはねぇ~、もう俺らとは違うのw働いてらっしゃるのー』

"え!大学行かずにって事?"

『違うよww年上だよww』

「あ、なんか…落ち着いてない社会人で申し訳ない…w」

 

"へぇえええ!亮介、年上捕まえたのかよーっっ!やるじゃ~ん"

 

ほう!これが!元東大生と現京大生の会話なのか…って普通じゃねーかよ!その辺の野郎どもとなんら変わりねぇな…やっぱ野郎は野郎だ…と社会人は眺めていた。

 

そうこうしていたら、現場が全く回っていないから残りの二時間だけでもいいのでどうしても入ってくれないかと飲食店から電話があった、と派遣先からのご連絡。派遣で指名、そしてこの時間、というのもなかなかの事なので!給与は倍額にします!!との打診があり、これは美味しいのでちょっと行ってきます、と亮介とその子に挨拶し、彼らを二人きりにして部屋を出た。

 

家を出て駅に向かっていたら後ろから、みゆちゃーーん!と呼び止める声がして振り向いたら亮介がいて、あら?お友達は?と聞いたら

 

『部屋にいるよ。気ぃ付けて行っといでね!ちゃんと戻んなよ?』

 

とおでこにキスをして行ってしまった。いつものコンビニの中から店員のおばちゃんがニヤニヤしながら手を振った。風が強い日で、阿波踊りと書かれた旗がバタバタ鳴っていた。

 

ご指名の飲食店は料亭と居酒屋を足したような宴会座敷のある店で、ついてすぐに仲居さんよりも少し品のある浴衣を渡されて、さささっと着付けて現場に出たら奥さんが

 

『ごめんねぇ~急遽のお願いで。ここのお店って冬はいいんだけど、夏はお酒が入ってお行儀の悪いお客さんも増えるから、あなたみたいに上手にかわせる人が一番いいのよ…こないだも一人、若い子?あなたのとこの派遣会社にお願いしたらほんのちょっといただけで、お酒入ったお客さんにお尻触られたし帰ります!って怒って帰っちゃって…着付ける方が時間長かったくらいでねぇ…』

 

と言った。お尻を触られるのは業務の内ではない、これは仕事かそれ以外か、と何かと融通が利かなくなり始めているお堅い人間時代の序章の頃でもあった。

 

「はははw現場慣れもありますねぇ。私は普段会社員ですけど、上役の飲み会ではいい乳してるね~いいケツしてるね~って揉みまくられてきたんで、まぁそれも仕事の内ですw」

 

と言ったら、会社が嫌になったらうちに直接面接にきてね、いつでも雇うわよ!と言ってくれた。ビール瓶を運んだり、運んだついでに酔っぱらったお客さんにお姉ちゃんついでよ!と言われたり、わしゃコンパニオンか!という事をせっせとして、それでも普段と違う業務は新鮮味を帯びていて楽しい。

"あまりお飲みになるとお帰りが大変になりますよ"と一言やんわりつけくわえると

 

女将さん、こんないい子どっから連れてきたんだ、と店側にも名前が売れて、お客さんからもおひねりを胸元に挟んで貰え、更に指名込みの時間外で派遣会社からの給与は倍額、最高じゃねーか!!とその日の稼ぎを考え疲れを紛らわせた。

 

元々はマサトに会いたいと言いたいが言えない寂しさから時間を埋めるように始めた派遣の単発バイトではあったが、私のように頼るところを持たない人間は体を壊そうが何だろうが、立ち止まると収入も同時に止まり、ゲームオーバーとなる。若い日の私は来る日も来る日もこうして、よく働いた。

 

せっかくの浴衣姿なので写メを撮って亮介にもメールしてやったら、店はどこだ今すぐ行きたい!と第一号のファンが叫んでいた。

 

クタクタになって家に帰ったら

『いいな~お客さん、みゆちゃんの浴衣姿見られていいな~。俺も見たかったな~。』

とダダをこねるので、ああそういえばお客さんに気に入られてお小遣い貰ったからコンビニ行こうよ!アイス買ってあげる!と買ってあげたガリガリ君のいちご味について、亮介は忘れがたい一言を残した。風は相変わらず、強かった。