聴こえてくるのは、雨の音。

ある意味、避暑地(自分だけ)

キミの話-第二章 vol,11

亮介は、夜に近くなった夕方頃、申し訳なさそうに私の元へ電話をしてきた。煙草を買いに来たついでにコンビニ前から連絡をしているという。私はその時間にはもうとっくに自宅に戻っており、上を向いたり横を向いたり、ころころ ころころ、体勢をあっちやこっちに変えながら下腹部を撫でていた。

 

伝えたい、でも伝えない。それを聞いてどんな顔で喜ぶのか。想像すると楽しくなった。直接会えるその日まで、我慢。嬉しいことはすぐに報告したくって困ってしまう。

 

いつもの晩酌を、今日はやめた。煙草も徐々にやめるつもりだ。しかし全てを急に打ち切るのにはまだ早い。この慶事を当の父親が知らないのに、他人が先に気づいたりしたら私自身の楽しみが半減してしまう。母親は私だ。一番に私に楽しみがあるべきだ!痛い思いをするのに楽しみがないと割にあわない。そのうちつわりが始まって、お酒もたばこも、必要な栄養さえも、気持ちが悪い…と受け付けなくなってしまうだろう。

 

話しながらテーブルに目をやると、亮介のいつもつけているブレスレットとzippoがそのままになっていた。彼が親には強く出られない事は解っているが貴重品の類を全部置いていく程ってどんななんだよ!の、急いた感じがテーブルから見てとれた。

 

「亮介、今、火ぃどおしてんの?ここにzippoあるよ?w」

『コンビニの100円ライター…。まぁいいんだけどさ。俺、家では吸わないし』

「え、そーなの!?あ、それでコンビニ前!なるほどぉ。。。」

亮介は大きく息を吸いこんで、吐いた。久しぶりの煙を満喫しているみたいだった。

「別にさぁ…そんくらいよくないの??ほんと…窮屈そうだよね、肩身がww」

『みゆちゃんさ、俺 多分、13か…もしくは14の火曜日、火曜日なら確実。そこら辺りには東京に戻るから。戻ったらゆっくり話しよ。もう俺いかないと!』

 

私は昨日からの不安と今日の喜びが入れ代わり立ち代わりに訪れたのでもっともっとゆっくり話したかったのに、亮介はあちらで引っ張りだこなのか忙しそうだった。確実、と言われた方の14日に"おかえり!"と書き込んで丸をした。

 

少したって亮介から今度はメールが来た。

『明日からしばらく携帯の電源が落ちてるかもしれないけど、電話できる時には電話するし、メール見られる時にはちゃんと見るし返事もするよ。とにかく東京に早く帰りたい。約束の日には帰るから、みゆちゃん、どうか、いい子で待ってて!』

 

 

亮介のいない日常はする事が本当になくて

 

"昨日心配させた件もあるので今日、私のおごりでどうですか?亮介は無事でした、ほんとに安心した!"と遠藤さんにメールをした。いつものさくら水産で!と待ち合わせ場所を指定されたのでかけつけて、乾杯した。寝不足気味だからウーロン茶で、と、やんわりと断りをいれて。

 

「亮介さ、さっき電話で13 か 14 に東京戻るって言ってたし、会社まとめて2~3 日休んでもいいって話なら…私、10日から12日頃まで休み貰ってもいい??京都でさ、友達がliveするんだよね。亮介が戻る日にこっちにいればいいんだから、ちょっとだけ!ほんとちょっとだけ!旅行、いく!」

と遠藤さんに手をあわせた。遠藤さんにはまだ言えてはいないが、このまま母親になってしまうと当分みんなと会えない可能性が出てくる。しかも私たちはその頃、東京にいるとは限らない。海外かもしれない。出来る事は、出来る内に。

 

私は東京で暮らす前、滋賀や京都を活動の拠点としていた頃がある。母と離婚した実の父が滋賀にいる、と聞いて尋ねた事がきっかけだった。しばらく傍で暮らしたものの離れていた期間の方が長かった事もあり、関係的には"よく知っている歳の離れた友達"のような間柄で、お互いに親子のような真似事はよそう、と約束していた。向こうは向こうで親らしい事を何もしていないので、もし結婚するような事があっても勝手にやってくれた方が助かる、と言った。

 

亮介と実父。現実にお互いを引きあわせる事はなくても、近くまで出向くのなら近況報告と称し "私、母親になるかもね" と実父に何となく匂わせて戻ってきてもいい。

 

遠藤さんは休みなんだから何に使おうとあんたの自由だと言ってくれた。仕事の件も15日前後を当初からの本社復帰の目途にしていたのなら、そこにあわせて社長のケツを叩くので安心して欲しいとも言ってくれた。

 

段取りとはしてはこうだ。10~12は旅に出る。13か14には亮介に再会。仕事は本社復帰はしばらくなしで15日からも延長の見込み、当分このままなら早くて10月、遅くて11月中に逃げてしまえばよい。遠藤さん、ごめんね。いつでも味方でいてくれているのに、まだ、亮介に告げるまで、赤ちゃんの事、隠している。後ろめたいと感じながらも、感謝した。遠藤さんは言った。

 

『しっかしさ…亮介君はどんな弱いんだよwwわざわざ飛行機で?ハタチも回った息子を、よ?迎えにくる親も親だけど、だからって、わかりました、なんておいそれとついて行くかねフツー…。何しにきたんだ帰れよ!なんていう熱いやりとりがなかったのか、と…。勉強できるぼっちゃんってのは、時に理解できんなぁ…』

 

「なんか…煙草吸ってるのも隠してるみたいで…超いい子してた…」

 

『そんな男がほんとにあんたと海外なんていけんのかね?wwwよっぽどの事情がない限り、私なんか親の言う事、聞いた試しないよ?www』

 

なぜ自分の大切な物を全て置いて出る程、亮介が焦っていたか。

なぜ、亮介は、すんなり親の言う事を聞いたのか。

気づいたのはずいぶん後になってだ。

 

理由は、私だった。私をダシにして、彼は、あの時、ゆすられたはずだ。

別れるのなら、女を助けてやる、と。別れないのなら、あの女に責任を取らせると。

 

ここについてはきちんと聞いたわけでもなければ、もしかすると第三者の存在がここにあったのかもしれないが、あまりにこの不自然な事態が、全てのことの始まりとなったのは確かだ。

 

キチガイ と 亮介 なら、私は亮介の選びそうな事の方を、信じる。