キミの話-第一章 vol,12 (第一章 完)
約束通り仕事を切り上げ、亮介宅に直帰した。泊まるつもりはなかったものの、置いて行った分の服はあるし、シャツは洗濯してしまえば夏の間は一晩で乾くし、泊まるなら泊まるでいいかなーと思っていた。
電話の後は、こうだったらしいああだったらしい、と頂いたスクリーンショットや書き込みの内容を仕事の合間に送り
"愛内里菜!似てるかぁ?"
"言われた事ないよwだからちょっとびっくりしてるw"
"井上和香だろ、どーみても。あの女、目まで悪いのか?"
"それはよく言われるww
教えてくれた知らない人に力になってくれたら奢るって勢いで言っちゃった"
"ダメ。絶対ダメ。その人ってヤレると思って電話かけて来た人でしょ?"
"でもけっこういい人そうだったよ?"
"あああああーーーーー俺、薬のも。今すぐのも。酒でのも。"
"やめてやめてやめてwあわないよ、亮介だけ♡"
"ほんとかなー"
"ほんとだよー♡"
仕事してください、ニヤニヤしてんな色キチガイ。BY 遠藤
社内ICQが小さく立ち上がる。斜め向かいからジロリ睨みをきかせた遠藤さんが顔を出している。
"ちょっとww私いま仕事中だし切るw遠藤さんが色キチガイって言ってくるし、家でねww"
亮介はテーブルに色んな物を置いたままにしていて、それは乱雑で、ちょっとー片づけなさいよー、一日何やってたのー、と言ったら、みゆちゃんとメッセと言った。間違いない。そうだった。邪魔してごめん。掃除しよ?
テーブルをみると書類があって、うん?これなぁに?と見て、びっくりする。なんと仕事の間に私が送ったスクリーンショットやurlの一覧をプリントアウトして警察に被害届を出しに行っていたらしい。仕事が早い。
『愛する人が困ってんのに無視なんかできないだろ』
と当然のように言う。わはぁ♡とか、うきゃあ♡とかいった類の声を出して喜んでいたら、警察からリスカ女の元へ連絡が行ったらしく、リスカ女が電話してきた。亮介が
うるせぇ、お前にはもう用ないんだよ、親に代われ親に!さっさとしろよ、あぁ?いいから代われっつってんだろ、と物凄い勢いで怒っていて、まぁ怒るのも無理ない、叱られろ、と思っていたらリスカ親が電話口にでたらしく
これ犯罪ですからね?と言い、大学の同級生には弁護士目指してるやつらも沢山いるんで幾らでも口きけるわけですよ!とか、大人のような事を次から次に難しい言葉で怒り散らしているので、後ろから
「入院させろっ!よっ!それしか方法ねぇぞっ!迷惑だ!」
とか言ってチャチャを入れていたらめちゃくちゃ笑いそうな顔をしながらこっちを見て手で制して電話を切り
『みゆちゃwwwあんた大人でしょ??』
と言うので、大人だって怒る事あんだよぉぉ~と子供のふりをしておいた。子供は大人のフリは出来ないが、大人は子供じみたフリが出来る。その違いだよ、なんて。私は亮介の気分が緩めば、なんだっていいのだ。私のために怒ってるんだから、それでいいのだ。彼女は可哀想だけど、そういうやり方はよくない。私は彼女から亮介を奪ったわけでもないし、まったく関係ないのに電話番号もろもろを変える事になってしまった。
また電話が鳴った。リスカかね?誰かね?と茶化しつつ、冷蔵庫にコーヒーを取りに行ったら口にシーっと手をあてて
『うん…うん…ああ、え?うん…』
と神妙に返事をしていた。マットレスに寝転んで、携帯を眺めたり、本棚の前にいって本をめくったりしていると
『別れたよ。うん…好きな人出来たから。いや、もう付き合ってる。うん』
と言った。貧乏ゆすりをしている。肩が揺れている。カタカタは、ガタガタになって、その内に
『ごめ…息でき…切るわ…』
と電話を置いて、ババババッとレジ袋を掴み、呼吸を整えようと吸ってはいてを繰り返していた。天と地がひっくり返るくらいに驚いて、大丈夫!?大丈夫なの!??と背中をさすっていたらだいぶ楽になったらしく
『ごめん…みゆちゃん、ごめん…』
と涙目で言うので、なにか宜しくなかったのだろうと思った。案の定、それは亮介の母からの電話で、彼はたちまちに拒否反応とパニックを起こし、過呼吸を出した。自分の親に愛される事を望み、愛されるように必死に努力して、結果、愛されてなどいない、にたどり着いた時、人にはこうした症状が出るらしい。薬がないとまっすぐにも歩けない、自信のない破れかぶれで自暴自棄の人間になってしまうらしい。怯えていた。ひどく体を震わせて、怖がっていた。みっともないと思ったか、君も離れていくんじゃないかと同時に様々を怖がった。
「大丈夫。落ち着いた?安心して。だってそれあなたのせいなの?違うでしょ?後遺症みたいなもんじゃない?誰も傷つけてないじゃない。自分ばっかり傷ついてるけど、誰も傷つけてないのに謝る必要ない。お風呂入ろうよ。たてる?お風呂入って、私の髪乾かして。そんで私に、本読んで。」
私の母は元気にしているだろうか。生きてても、死んでても、興味ないけど。
この一件で私は一緒に暮らすことを選んだ。放ってはおけなかった。色々嫌な予感を引きずったまま、いつかきっと全部がよくなる、そう思い、一緒に暮らす事を選んだ。夏が加速した。時にブレーキはついていなかった。
一緒に暮らしてから、もっと様々な事を私たちは経験する。
(第一章 完)
私がなぜ、これを今になって書いているのか。あの夏の事を振り返るか。彼の気持ちがどうか届いて欲しいと思う。自分達の招いた結末をよく考えて欲しいと思う。一番に大きな失敗は、彼から私という存在を奪った事だ。それがあの人を理解していなかった証拠。
親からの愛を望む事がそんなにもいけない事だろうか?なぜ、愛してやらなかったのですか?私ならあんたらの何倍も彼の役に立ってました。クソだ。しょーもねぇ連中だなお前らは。くそくらえ。
一瞬も一時も、声も表情も考える事も心の音色も、色あせないまま、15年という長い月日が私に過ぎた。