聴こえてくるのは、雨の音。

ある意味、避暑地(自分だけ)

キミの話-第二章 vol,7

亮介と二人、部屋でコンビニで買ってきたアイスを食べていた時の事だ。亮介の食べているのはいちごのアイスで、唇や舌が見事に紅く染まり、顔を見ては、んふふふ♡口の周り紅い、と言いあったり、長時間働いて疲れた足が浮腫んでだるい…と嘆くと亮介はアイスの棒を口に咥えたまま、私のふくらはぎを壁にもたれながら揉んだりしていてくれたものの、どこか様子がおかしかった。お友達が来たから昔の事を思い出したり、他人と自分を比べたり、そういう事もあったのかもな…と思い何も気にしていない素振りで

 

お風呂入ったん?と小首を傾げてみたり

お友達とはいつバイバイしたのぉ?と尋ねてみたり

 

…の作戦もあまりうまくいかず、これは!放っておこう!うん!と思っていたら、煙草を吸うのにテーブルの前に行ってとうとうフリーズした。

 

どしたぁ?具合でも悪いー?と聞いたら

 

『赤キャベツ色素…だって』

 

と呟いた。なにが?と尋ねたらすごくだるそうに

 

『存在が』

 

と言った。哲学者か?存在が赤キャベツ色素。何も面白くなかったけど、はははーと笑った。亮介はそれから言った。

 

『実は…友達が帰った後、みゆちゃん戻る前に?電話あったんだ、親から』

 

ああ。なるほどね。ああ、あぁ。

 

『俺さ…これ最後までいちご味だと思って食べたわ』

 

とアイスの袋を眺めている。いちご味だもんね。そりゃそうよ。

 

『みゆちゃん戻ってきて一瞬はすっごい嬉しかったけど、俺みゆちゃんを苦しめるかもしれないって思ったら、なんかすっごい低迷した…』

電話で何か言われたには違いなかったけど、聞くのがとても怖かった。何がか解らないけれど、大丈夫よ、と笑った。亮介はそこまで話して、その電話の話を避けるかのように

 

『これさ…いちごなんか一個も入ってないのなw』

と呆れたように笑いながらアイスの袋を振った。

「え、そーなの!?すごいねー、技術よねーw」

と、この雰囲気をごまかしたくて、沈黙もいやに恐ろしくて笑ったら

 

『じゃあさ…俺が別に亮介ってやつじゃなくても、いいって事だよね?』

言っている意味が解らなかった。どことなく解っていても知りたくなかった、もある。

 

「うーん…よくわかんないけど、私は亮介が亮介じゃなかったら、嫌かなぁ?」

 

『もしさ、俺が俺のフリをしてるとしたら、みゆちゃん俺の事、わかる?』

と言った。つまり亮介の言いたい事はこういう事だ。いちごだと思って食べていたものは実はいちごのいの字もないまま、いちごです、という顔をして、別の物で作られていた。だから、僕は亮介です、という顔をしていたとしても本物かどうかなんて誰にもわからないのではないか?では自分という本当の正体は何で、何をさし自分と認識されている物なのか、と言いたいのだ。

 

私と亮介はそういう抽象的なやりとりでも充分に会話が出来た。亮介がみゆちゃんは俺よりも賢いかもしれない、と言ってくれた部分はきっと、私のそういう察知能力にあったのだろうし、会話よりも対話を好んだ二人のやりとりは不思議なほどに美しくぼやけた印象があって、だからこそ、いつでもそこに、滲んで揺れるのだ。亮介が私を一番に愛した理由はそこだろうと思う。何故なら私も、それを愛したからだ。

 

なんとなく、彼は私の存在を話し、その事をひどく反対されたには違いない、と思った。まがいものとして生きていてもそれを自分だと、周りはそれを俺だと思うだろう、俺の本心で俺が動いて俺が選択した事だと思うだろう、今までもそうだった、これからもそうかもしれない、そう言った気がして、さっきの質問よりも先に

 

「反対されたん?」

と出来る限り可愛らしく、だとしてもなんとも思っていません、というフリをしてちょこんと座っている亮介の頭を撫でながら聞いた。

 

『…反対よりも、もっとひどい…』

と言った。そこにそんな恐ろしい話があったとは知らず、私はさっきの質問に

 

「まがいものっていうのは、本物がないと生まれないよ?既に本物を知ってる私がわからないはずがないじゃないw亮介は誰より自分に正直だもん。黙ってたって、私はきっとその違いにきづく。ああこれは、私の亮介じゃない、これは偽物だって。

亮介はいつだって私に誠実。でしょう?」

 

と言ったら、どうしようもないくらいに私をぐしゃくしゃに抱きしめて、抱きついて

 

『あいつらは…こわい。』

 

と言った。まがいものだろうとなんだろうと、私はあなたの存在があればそこにあなたを認める。互いに対し誠実ではなく生きるという事は、自分を捨てると同等だった。

 

この時にどのような会話があったのか、は、後になって知った。

 

"お前は家のために生きて、家が決めた人間と結婚するんだから、そんなよくわからない女とつきあって…お前にそんな自由があるとでも思ってんのか?女の為に東京にいるんなら、いますぐ帰ってこい。お前が東京で遊ばせて貰えてるのはうちから出た名門大学生の肩書を手に入れるためだ。その女と別れられないってお前、手切れ金でもねだられてんのか?幾ら必要なんだ。"

 

亮介はこの事を私には最後まで言わなかった。私を傷つけたくなかったからだ。言ってくれればよかった。親のいう事には抗えないからそうするべきだ、と私が言うと思っただろうか。恋する強さは相手への弱さかもしれない。亮介は結局最後まで、一番大切な事を知らなかった。それを知っていたら一緒に何かを変えられたかもしれない。

 

タッチの差だった。本当に。言うべきだった事、言わずにいた事、これらが全て逆になっていたら、私は15年も迷わずに済んだのだ。

 

この日から彼の具合は日に日に、悪くなっていった。