聴こえてくるのは、雨の音。

ある意味、避暑地(自分だけ)

キミの話-第二章 vol,10

嫌な状態のまま朝を迎えた。亮介は起きても隣にいなかった。まだメールの返信もなかったけれど気になったので電話をしてみた。電源は切れたままだった。はぁ、とため息をついて自分の携帯の充電ケーブルの先をみて気づく。亮介の充電器が刺さったままになっていた。少しの希望を持つ。充電が切れた。それで連絡をしてこれないのかもしれない。私に知らない顔をして、面倒くさいので逃げました、そういう男ではない。絶対にない。待つしかない。夜までなんの展開もなければその時には、警察しかない。

 

考えるのが嫌だった。でも仕事に行けるような気分でもない。知らぬ間に8月が終わっていた。じっとしているのも嫌なので、とりあえず今月分のピルを貰いに婦人科へ行こう。思い悩みすぎて再発です、なんて言われたら余計に事態の悪化を招く。さっさと行って問題ごとは先にクリアしておくに限る。

 

私の場合は避妊の為のピルではなく半年ごとに行われるリュープリンの注射と共に内膜を落ち着かせる為のピルの処方なので、周りの方はどうなのかは知らないが尿検査に始まり血液検査と内診があり、医者との面談後、ピルを処方されて帰される。これで半日近くは潰せる。色々を考えすぎずでも、よくなる。とにかく何をどうしてみても考えがすぐに悪い方悪い方に転ぶので、できれば何も考えたくなかった。だからといって部屋でぐうぐう寝られるような精神状態にもない。

 

産婦人科は何かと混むので待ち時間も長くなるし、その間は本でも読んで過ごそう、と思っていた。受付で診察券を出すと、何も言わなくても尿検査用の紙コップを渡されて待ち時間も長いのに尿の鮮度は落ちないのだろうか…とどうでもよい事に思いを馳せた。何かあったに違いない。でも何があったのだ。最悪の事態、最悪の…考えてはいけない、私のこのハラハラして落ち着かない気分とは裏腹に、目の前で大きな丸っこいお腹をした女性が眠そうに幸せそうに、大きなあくびをした。

 

きっと大丈夫な気がする。何かがあったには違いないが絶対に連絡がある、とそれを見て直感した。待ち時間も半ば、そろそろ呼ばれるなと思った頃、携帯が鳴った。メールのマーク。

 

---みゆちゃん、ごめん。昨日あの後、実は部屋に親が突然きて、いま俺一緒に実家に帰ってる。だから心配しないで。事情は後で話すけど、絶対話はまとめて帰るつもり。後でゆっくり電話するから、心配いらないよ。

 

なんとも言えなかった。この時の安堵感。なんとも言えなかった!生きてた!良かった!事件に巻き込まれたわけじゃなかった安心した、本当にほっとした。ほっとしすぎて待合の長いすにゴロンしてしまったくらいだった。

 

めちゃくちゃ心配してたんだよ!と返そうとしていたら名前を呼ばれ、仕方がないのでさっさと終わらせてすぐにメールを返信しよう!もう面倒くさいので何聞かれても変わりはなし!それでいい、と思った。最近シクシク下腹部が痛むのは確かだったけれど、そんな事は次の診察でも問題はない。よくある事だ。だって悪いんだもん。痛いと言ったって薬だって処方された事はない。家で勝手にバファリン飲むだけ!とにかくいますぐ返信がしたい!!私はその一心だった。

 

診察室に入ったら先生が私の顔をみるなり

 

『おめでとうございます』

 

と言った。正月じゃねぇのに何冗談言ってんだ、お前と遊んでいる暇はない、さっさと終わらせろ、と思い、こんにちわ、と言って椅子に座ったら

 

『すごいね~もう治療の必要、ないね~』

と言われて、え?ほんとに?もう来年からリュープリンとかいらないの!?と思ったら

 

『きちんと診察してみないとわからないけど、妊娠反応、でてるね』

と言われ、は?と聞き直した。耳を疑った。ピルも飲んでるのに出来るわけねーだろ、誰の尿と間違えてやがるんだ、やぶなのか?病院かえるぞ??

 

と思ってからハッとした。そうだ。

今日が何日かなんて気づかないまま、月初めだからと病院へ来た。私の処方されている物は週7日の間隔をあけるもので、偽薬は含まれていない。本来ならばシートの薬が全部なくなっていなければいけないのだ。残ってた…という事は……ものすごく飛ばしている部分がある、という事だ。偽薬が入るものが残ってた、ならわかるが、偽薬が含まれないのに結構残ってた、は、まずい。夜から朝にかけての間隔がなくなると今日が何日かわからなくなる。一日の延長に翌日が始まる。いや、しかし…

 

「でも途中で一回出血ありましたよ?」

そうだ。ペットさんが来た日!出血があった。その後すぐに止まったけれど。

 

『あーじゃあ余計に可能性高いね~。着床出血ってのがある人にはあるから』

 

足が震えた。膝から下に力が入らなかった。ぷらんぷらんになった。

 

「えっと…」

頭が真っ白で理解が出来なかった。可能性ってだけでしょ?まだわからないよね?可能性?可能性ってなに?どういう意味?よくわからないけれど

 

「心当たりがないので違うと思います!」

と自信満々に答えた。出血もした、熱っぽかったけどそれは生理がこないからだ。気持ちが悪かった、それはイカのせいだもん。

 

内診をして貰ったらエコーにはまだ何も映らなかったが

『まだほんとに来てくれたばっかりでなんにも映ってないけど、おめでただと思っていいね、おめでとう。いやあすごいね!あれだけの治療した人がなかなか難しいよ~!』

 

と褒められた。

 

あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!

 

まさかでしょ。まさかじゃない?なにまさかって。どういう意味?どうしたらいいの?あ、でも、私その後も気づかず今日までピル飲んじゃってるよ?いいの?変な事なったりしない?大丈夫なの?

 

医者に聞いたら

『問題ないよ』

 

と言われた。わああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!

 

これって誰に言えばいいの?遠藤さんに言えばいいの?遠藤さん父親じゃねぇのに遠藤さんに最初にいってどうするよ、あ!亮介にメールの返信しなきゃ。でもこれってメールで伝えるべき内容なの?電話?電話でいう?いや、電話かぁ…電話もなんかちょっと違うよなぁ~とりあえず亮介に返信しなきゃね。

 

 

 

"---亮介、良かった!無事で良かった!何か物騒な事件に巻き込まれたんじゃないかと思ってゲロ吐くかと思ったじゃん。遠藤さんにも心配かけたから後で謝らなきゃ。亮介からも謝って!!死ぬかと思ったんだから。

 

家にいるなら、ちょっとゆっくりしてくればいいよ。こっちの事は心配しないで。帰ってきたら話したい事いっぱいあるし、東京にはいつ頃戻るかだけ教えて下さい。"

 

わけのわからない頭で、戻ってきたら話そうと誓った。とにかく亮介に一番に、ほかの人には後だ。絶対喜んでくれる。絶対跳ね回る。亮介の子だ。パパになるんだよ!無事だったことに安心な気分と、幸せとで、いっぱいだった。