聴こえてくるのは、雨の音。

ある意味、避暑地(自分だけ)

キミの話-第一章 vol,3

私と亮介は、亮介の行きつけだというダーツバーに行った。ダーツなんかするんだ…その恰好で?と何から何まで意外だったが、暗い店内に入ったら腰を落ち着けるか落ち着けないかで、マスターいつものね~と亮介が言った。それから私に好きなとこ座んなよ、と言ってから足の長い丸テーブルの上にお尻のポケットから出したアメリカンスピリットとzippoを放り出した。それを背中に、カウンター席に半分だけ身を置く形で足はブラブラ、スプモーニを一杯。お店の人は亮介の"いつもの"を作っていたのでただ足をぶらぶらさせて、黙ってそれを見ていた。携帯が鳴らないか、気になる。マサトからはなんの返事もなかった。

 

あれっおかしいなー、こっちか?違うな…と亮介がボトムスのジッパーをあっちこっちあけている。まさかあれ、全部ポケットになってるの?それらジッパーは全てお飾りだと思っていたのに、それなりに物が入るだなんて手が込んでいるんだなぁ……。ようやく何かのケースを発見、取り出したのはマイダーツで、矢の部分の色がキラキラしていた。魚釣りの時に見るルアーによくあるミルク色した鈍い色のトパーズカラーで、こだわりを持ってダーツをする人、なのにファッションがそれ…というガチャガチャした統一性のなさがどこか少し、不安にさせた。

 

いつもの、というので、粋な注文の仕方をするな、と思っていたら運ばれてきたのはポップコーンと100%の濃厚なオレンジジュースで、おばさんが奢ると言ったから亮介は遠慮しているのかもな…と思い、ガンガン飲めばいいのに、と言ったら投げながら

「あー俺、酒、飲まないんだよね~」と言った。飲めないのか、飲まないのか。そんな恰好で酒を飲まないだと!?そんな事があり得るの?と思いながら

『酔っぱらったって、襲ったりしないよ?w』と言うと、的を外し、こちらを睨んで

「俺、あんたみたいな人、苦手だわー。バカそうでw」と言われた。

 

亮介はたまに急にイラついたような口調になる。自分に嘘がつけない子。思った事をそのまま言う子。私は私で、私の好きな人ではないのでどっちでもよくて、ただただ、この場の雰囲気さえよければ本当にどうでもよくて、その言葉にも、よく言われる~、バカそうだよねってよく言われる~、と笑って続きに口づけた。

 

投げたいだけ散々投げてから亮介はようやく隣に腰をおろし、オレンジジュースを口にしながら煙草に火をつけた。

『ねぇ、ほんと、遠慮しないで?飲みたかったら飲んでね?』と勧めると

「俺、薬飲んでっから、酒飲めねーんだよ」と言った。なるほど、と思い

 

『これは年の功ってやつだけど、さwオレンジジュースで薬飲むと効き目倍になるから強い薬飲んでんなら、柑橘系はさけといた方がいいよ?』

 

と告げると、鳩が豆でっぼうを喰らったような顔をして

「え!…ええ!そうなの?まじで?おばさん、案外、知恵あるじゃん」

『年の功だって言ったでしょwキミよりも四年長く生きてるからw』

「心配してくれてんの?」

『良くない物は良くないわ。よくなりたいから薬飲むんでしょう?お酒も控えてるんなら、余計によ。よい効果が出るように。ねぇ』

「おばさん、名前、なんていうの?」

『んー?深雪~。深い雪って書いて、みゆきー。これぞまさに日本!って感じの名前だからあんまり好きじゃないんだよね』

「おばさん、冬うまれなの?」

『……名前聞いた意味あるの?』

「あ…わりぃwおばさんw」

 

知っているようで、私たちはお互いの事を何も知らなかった。名前も仕事も性格も。ただいつもそれぞれの時間に生きて、その場にある目に映る物や事、今ある感情、それだけに限られた言葉を交わし、相手が何者であるか、なんてのはどうでもよく、自分の言いたい事を聞いてくれる便利なツールとして位置づけていた。2004年で、それだ。あれから15年たって、皆が皆、ネットと現実を同じレベルで扱うようになった。私たちは機械の中に生きておらず、きちんとした人間だった。お互いの事、なんにも知らないね、と笑うと亮介は

 

「俺が思ってたような人とは違うかもしれない」

 

と言った。よい意味でなのか、悪い意味でなのか。それは突っ込まないでおいたけど、この一言で私たちの関係性が変わっていった事はよく覚えている。時がたってから亮介は過去を振り返りこう言った。

 

 

俺は初めてみゆちゃんと話した時、どの女も一緒だと思ってたんだよ、バカばっかりで、人間なんて誰だって自分さえよければいい生き物だけど、自分が助かりたいとか、受け入れて欲しいとかでさ。簡単に股開いときゃいいと思ってる女ばっかりで、更に付き合ってみたらまた!結局、自分の事ばっかなんだよ、あれが旨かったこれが腹立った、散々話して言葉投げかけて、相手が満足してると思ってる。

 

俺の事は?聞かないの?そう言いたくても次から次に言葉投げてきてさ、途中から、あーあんたは俺が好きなのかもしれないけど、あんた言うほど俺の事知らないし?どっちでもいいんでしょ?俺を好きだっていう自分が好きなんだよね?ってなっちゃう。で、俺は、優しくしても酷い態度でも、どっちでもいいんだなぁ~、そこにいてうんうんって聞いてりゃ、こいつら女はみんな納得すんだ、そう思って、バカはきらいだな~、って態度だった。

 

でも、あの時、みゆちゃん、当たり前だけど当たり前の事、当たり前に言ったんだよね、きちんと生きていきたいな、きちんと生きていけるかな、そう思ってたとこに、良くしたいからそうするんでしょ?っていうすっげぇ当たり前のすっげぇシンプルさでさ…俺けっこう態度ひどかったのに、みゆちゃんなんも言わなかったし、この人何も言わなくても俺の考えてる事読んでるかも…と思ったら、実はすごい賢い人なのかもしれない!あー俺バカだったわ、この人ほかとは違うかも!そう思った瞬間だったんだよね、あの時。

 

 

亮介は私の事をおばさんと呼ばなくなってから、いつもみゆちゃん、とちゃん付で私の事を呼んだ。それってお姉ちゃん、とかそういう感覚なの?と聞いた事がある。

 

違うよ?呼び捨てにしちゃうとどっかしら、俺のもん!みたいな無意識働いちゃうのが怖いっていうのかな…うまく言えないんだけど、さ。ずっとおんなじ、ずっと隣の可愛い人っていう…そういう感じ?みゆちゃんは俺が知らない時間も生きてきたけど、この可愛い生き物がこの世界のどっかにいたんだな~と思うと、夢あんじゃん?一人にしてごめんねーってのと、一人じゃなくなったよーっていうのとで、でも知らない時間があったって考えると暴れたくなるからそこは考えないwここにいてこっから始めて!っていう願いも込めて、小さい時からずっと知ってたふりをして。だから、みゆちゃん。

 

柔らかい声色は音色にも近く、亮介はいい声をしてた。聞きやすい、耳元の、触りの良い声をしてた。ダーツに行って、捻じれたような気持ちを投げて、私の放った矢は亮介の的にヒットし、亮介は私に恋をした。