聴こえてくるのは、雨の音。

ある意味、避暑地(自分だけ)

キミの話-第一章 vol,7

約束通り翌日はあまり待たせてはいけないと思い早めに亮介の家のある最寄り駅へ出向いた。二泊三日程度の荷物をボストンに詰めて、一駅手前で言われた通りにワンギリしておいた。駅に着くともう迎えに来てくれていて、驚いたのは髪の色だった。綺麗に黒く染めなおしていた。いいじゃん♡と笑うと、社会人のお姉さんとお付き合いする分際でさすがにあの色はないな…と思い直した、との事だった。何色だって、どんな格好だって別に構わない。私たちは着る服や好みや見た目や肩書で誰かと付き合うわけじゃない。最終的に残るのは人間性だ。好みが似ていると親しくなりやすいというだけで、着る服や好みが似ていても最低な人間は最低のままだ。職業、好きな音楽の趣味が違っても仲良くなれるし、もう男として誰かを好きだ、なんてのはよそうと思った。意味がない。良い物を食べて満足した、という自己満足に過ぎないような物は今以上もっとその上を求め始めてしまい、安定をはかれなくなる。

 

ホドホド、の範囲内ならそれでいいのだ。社会人になってからは自分の好きな髪色にする事も難しかったので、出来る事は出来る内にやっておけ!そんな風でしかその銀色の髪を見ていなかったけど、亮介は私に嫌われる事を極端に怖がった。

 

事実、あれはあれで似合っていたのだ。年齢にしてはベビーフェイスで可愛らしい顔をしてた。考え込む時にしきりにペロリと下唇をなめる仕草も可愛かった。色白で本を読む時には眼鏡をかける、指があまり長くない。体の特徴的な事は隅から隅までよく覚えている。私が眠るお腹の上にはいつもその掌があったので、目を閉じると、乗っかった掌のサイズであまり指が長くなかったなwでも結構なスピードでキーボード操作するんだよね、とか。色々を今でも、思い出す。

 

家まで向かう時に隣に立ち、ピアスもじゃらけていない事に気づく。プチっと上品なシルバーの物をつけていて、人って変われば変わるもんなんだな…と思った。私のボストンを重たいだろうと代わりに持ってくれて、亮ちゃん私のいい彼氏みたいだね、と声をかけると急に立ち止まり、え、俺彼氏じゃないの!?とショックそうだった。

 

お邪魔しまーす!昨日ぶりー、と部屋に入ると部屋のテーブルの上に二匹、ピンクのフラミンゴが乗っていて

「わー!フラミンゴいるー!!買ったの!?あれ。買ったんだー!」と喜んだら、ちゃんと二匹いるから、と言い、え、じゃあもし万が一があったとして子供出来ちゃったりしちゃったらこれ三匹になるって事?と言ったら、後で1ダース買ってくる、と言っていて可愛い奴だな、と思った。その話も、いずれしなければいけなくなるかもしれない。三匹にはならないかもしれない事。

 

あまり暑い時間に外に出かけるのも嫌なので部屋で映画でもみよっか、とは、昨日の時点で話をしていて、亮介は亮介チョイスで映画を借りておいてくれた。しかしトレインスポッティングを壁に貼っている男だ。その辺りの趣味はあまり期待できないかもしれない、と思った。

『俺チョイスだから期待できるもの少ないかもしれないけど…俺の好きなの借りて来たから。俺は一回観てるし、代わりに飲み物取りに行ったり、色々出来るから』

 

「うそ…え、なんで?」

『え、なにが?…』コーヒーをいれて持ってきて聞き返す。

「え、なんで私がこの映画好きなのしってんの。。私言ったっけ?」

『いや…それ俺が一番好きな映画』

「トレスポでしょ?トレスポ野郎なんでしょ?」

『あれはデザインの良さwww』

まさかそれを良いと褒めるタイプの人だとは思わなかった。

 

映画のタイトルは"この森で天使はバスを降りた"

そうした思い出とともに私の中ではオールタイムベストに入る一本でもある。

 

このまさかが二人の距離をぐっと近づけた。本や映画の良さはそこにある。あの作品は最高だったね、と言い、自分はあんまりだった、となった時に物を考える、受け取る視点がみえる。深くまで話すより、そうした物事の受け取り方や考え方で相手を知る。これがわかるなんて相当に大人だ、と思った。あの話は苦労すれば苦労するほど、胸に堪える。この人は私が思うようなそんじょそこらのクソ坊主とはわけが違うかもしれない。

 

この件で二人とも見終わってしまった気分になり、あそこがねー!わかるー、どうしようもなくねー!うんうんー、なんていう話になってしまい、実際に観たのは"寝る前につけっぱなしの垂れ流しの状態で"になった。いれて貰ったコーヒーを飲んで

「そういえば…会わせたい人がいるって言ってたけど、今日くるの?」

と尋ねると、ああ、と思い出したようで、会えるかどうかわからないけど、とテラスの方へ行きカラカラカラと窓をあけ、床に寝そべった。

『みゆちゃんもこっち、おいで』

呼ばれて隣にペタンと座る。ちょっと待ってて、とキッチンに行き、何かが入った小さめのボウルを持ってきて、その背で地面をコンコンコンと叩いた。しばらくするとヒョイと猫が向こうからやってきて塀に飛び乗り、こちらへ歩いてくる。

「友達。俺の」

 

都会の野良猫は賢いのでなかなか手名付けることが難しい。警戒心をほどくのに何日ほどかけたのだろうか。亮介に頭をなでて貰うと、猫はまぶしそうな眼をしてゴロゴロと甘えた。暫く並んで、冷たい床にお腹をぺったりとつけて二人でそれを眺めながら、ここの花壇には春にはチューリップが咲くんだよ、とか、猫の名前はナツメだよ、とか、色々を話している内、猫は貰った餌をペロリと食べてどこかへ行ってしまい、部屋が暑くなるから窓閉めようね、と窓を閉めたけど、エアコンが直接にあたる床は思いのほか気持ちよく、そのままそこにあおむけになって話をした。

 

ここがどこかの山のてっぺんだったら星がよくみえるだろうね、じゃあ次それしようよ、星なら俺ちょっと詳しいよ?、頼れるー説明してね、私全然知らないからw

 

ねぇあの本棚の本って全部読んだの?飾り的なものもある?ない、全部読んだ、ほんとにー!?あれ何語なのよーw絶対みえ張ってるでしょwいや読んだってwえーじゃあ今度読み聞かせしてくれるー?いいよー。わあ…嘘じゃないんだすっげwww

 

そうしていろんな話をして、でも床って気持ちいいけど硬くて後ろデコ痛いよね、と言ったら、後ろデコっていう言い方が面白かったらしく、みゆちゃんってたまにwwwおかしなこと言うよね~と笑うので体を起こして

「え、言わない?ここだよ?ほら、ここの一番出てるとこ。これ後ろデコでしょうが」

と言ったら、笑いながら亮介が私のその後ろデコに手を伸ばし、引き寄せて自分のお腹の上に私の頭を置いた。体は色んな音がする。心臓の音もするし、腸の動く音もするし、水の中にある洞窟に潜ったらこんな感じに全てがくぐもって聞こえるだろう、と思うような音がしていて

「いきてるね~」

と言うと

『今、俺、いままでで一番、生きてるだろうね』

と言った。

 

「昔さ、小学校にね、あ、うちの田舎ってすっごい雪の降る場所なんだけど。用務員のおじさんが出入りしてたボイラー室ってのがあってさ。そのボイラー室の音してるからwww用務員のおじさんの顔、思い出しちゃったww寒い朝にさ、鼻とほっぺた真っ赤にして、おじさん長靴でさ、雪がしんしんしんしん降ってんの。そんな中でたまにゴゴゴーって煙はくような音がしててさ。もうなんていうか、切ないんだよねwその音がするよwボイラー室と雪の日の。」

と話すと

『俺そこいった事ないけど絶対いつか行くわ』

と言いながら私の鼻の頭を撫でた。猫になったような気分だ。猫の私はあの街には戻らない。野良猫だから。だから亮介もいかなくていいよ、とは言わなかった。

 

「亮介は?」

『なにが?』

「亮介はそういう思い出ないの?脳裏に残ってるようなやつ」

亮介は黙ってから一瞬、困ったような、少し嫌な顔をしたので私も少し困って、絡めている亮介の指先を噛んだ。