聴こえてくるのは、雨の音。

ある意味、避暑地(自分だけ)

キミの話-第一章 vol,8

『俺はあんまり…幸せだったとは言い難いから…どっちか言うと、色々を覚えないように、思い出さないように来たから…』

 

亮介は学校に行けている。しかも相当にいい大学だ。私のように知らぬ間に、わが家を家族面してのっとるような狂人じみた大人に支配されるわけでもなく学業も頭を下げなくても与えて貰えている。しかも彼の身に着ける物は上等な物ばかりでバイトもせず独り暮らしでも、学校も、毎日の生活も、きちんと支えて貰えている。

 

問題はそこだった。今となったらこの時に、私は色々に気づくべきだったのだと思う。自分を責めずにいられない。何年も何年も、私はなんて事をしてしまったのだろう、と思う。私はまだまだ若かった。人より苦労したとは言え、まだまだ若かった。わかったような気でいて深くまで救い上げてやる事が出来なかった。何年も経ってようやく、人の親になってやっと、気づいた。気づけた。世の中には形を変えた、見えない虐待もあるという事を。問題は「なぜその状態で賄われているのか」にあった。普通の親なら、学校にも出席せずに一日家にいる、となれば早い段階で咎める。バイトくらい行きなさいよ、と叱りもするだろう。自分の事は自分でしなさい、と。良い暮らしをさせている、と言う表面的な事は全て、あちらの見栄でもあったのだろう。

 

亮介は言う。金の問題なら心配ないよ、言えば出してくるし。まぁ俺はあの家のペット?マスコットみたいなもんだよ、と。

 

彼は中学から全寮制の学校に入っていた。家では期待の星だった。家の跡継ぎとして、家のブランドとして生かされてきた。長期休暇に入ると同級生たちは皆、我が家へ帰る。自分も我が家へ戻ったら、あなたの部屋はないので祖母宅へ、とそちらへまわされたそうだ。彼には弟がいたが弟は自由気ままにさせて貰っていて、幼いころに感じたのは、自分は愛されていないのかもしれない、という事で、ではどうすれば愛されるかを幼心に必死に模索したそうだ。"もっと勉強が出来れば褒めて貰える!"

 

でも出来たら出来たで、うちの子は出来て当然、という態度で愛情は一向に彼には向かず、彼の業績は世間に向けての自慢にしか使われなかった。一切こっちの痛みになんか気づきやしなかった、んで俺がちょっとでも向こうの望まないような態度に出ると今度は泣き落としだよ、ここまで育てて自分達は苦労もした、それなのになぜわかってくれないんだ、病気になりそうだ、そうやって泣き落としにかかっておいて今度は、あなたは優しい子だからって今までを見もしなかった癖に情に付け込んできてよく言うよwってことを平気で言ってのけるバカな頭しか持っていない、そういう親だよ、だから俺は遊んで暮らすのも、金をガンガンに使うのもこれは俺に対するあいつらが支払うべき報酬 兼 慰謝料だと思ってる、思い通りに卒業なんてしたくもないし、向こうの思い通りの学校に入るのも嫌だった、と言った。

 

彼は褒めて欲しかった。愛されたかったし、愛されるためには何かと努力も工夫もする人だ。自分という存在を認めて欲しかった。それはその時の言葉の熱で痛いくらいに伝わった。

 

亮介との出会いがあってから、私は必要以上に勉強勉強という親を信用しない。本人が自発的にそこに行きたいと言うのならば問題はないが、本人の意思が固まらない頃からの教育も全くよいとは思わない。よい学校にいれる事だけを目的に生きる親は子供を自社ブランドか何かと勘違いしている気がする。彼らは生きている。寂しいと思う、楽しいと感じる、嬉しいと表現する、その全てが許されないのは、自分が愛されるような人間ではないからだ、といつの日からか、与えられた傷を自分の出来の悪さがこうさせた、と思ってしまう。望まれる自分、その期待に応えられない自分、そして愛されない自分。

 

人を育てるのは心であり、心が発達するからこそ好奇心や物事に対する疑問や興味を持つ。考え始めるのはそこからだ。そこから知識が伸びる。その前に心を失くしてしまったら、本人はいつか自分の手で命をとめるだろう。賢い学校に行かせるくせに、心は胸にあって、勉強するのは脳みそだとでも思っているのだろうか。医学書でも買っていちから勉強するとよい。

 

口調が荒々しくなって熱を帯び、また以前の悪い亮介が顔を出しそうだったので、ぶちまけられるように口は挟まず、うんうん、と聞いた。それから抱きしめて

 

「辛かったね…辛い事思い出させたぁ…ごめん。ごめんね!大丈夫。私如きがわかる、だなんて、軽はずみには言えないけど…私はまた別の、全く真逆の状態で、同じような痛みを抱えて来たからよく知ってる。そっかぁ…そうだったんだねぇ…」

 

と暫く落ち着くまで、床の上で抱きしめていた。亮介は泣いていた。何かがちぎれてしまったのか、嗚咽が出る程泣いていた。それから鼻声で

 

『だめだねぇ、俺w弱くてwだからね、人好きになったりすると弱くなるから好きにならないでおこうって決めたりしてる部分もあったんだよ…それなのにみゆちゃんさ…簡単に突破すんだもん…wすごいよ……ww』

と泣きながら笑ったので、ほっぺたをペロリンと舐めてやった。

 

「昔あった大好きだった本にね、まだ母が私の母だった頃によく読んでくれたんだけど、ずっと泣いてる赤ちゃんがいてさ、窓から猫が入ってくるの、初めはペロペロ泣かないで泣かないでって赤ちゃんのほっぺた舐めてるんだよ。でもね、最後どうなると思う?その猫、赤ちゃん食べちゃうんだよ…!慰めてるわけじゃなくって、餌があるって事だったみたいなんだけど……子供心にすごいショッキングでねw

 

泣きそうになったら、猫が来る、あの猫がきたらどうしよう…と思って、泣かずに頑張ってたんだけど、大人になったらわかる事もあってさ…いい涙なら、それで洗われるような涙なら、きっといっぱい流した方がよくて、そんな猫はさっさと首根っこ掴んで保健所にぶちこんだ方がいいなって事。」

 

と言ったらなんだそれwwでもそうかもねと言うので、なんでも我慢しすぎるのはね、よくないって事だよ、と教えた。亮介は赤い腫れぼったいような目をして

 

『みゆちゃん、モテるでしょ』

 

と言うので、とある一人にはモテるみたいwと笑ったら、俺違う意味で今日から色々悩んでしまいそうだ、と言い

 

『みゆちゃんさえよかったら、だけど。一緒暮らさない?』

 

あまりに急な申し出で、え!二泊三日分しか荷物ないのに!?と聞くと、みゆちゃんのそういう天才とバカの紙一重なところが俺にはたまらない魅力なんだよね、みゆちゃんは絶対モテるから遠くに置いとくの怖いよ…と話し

 

『正式にぼくとお付き合い、願えませんか』

 

と言われ、今度は私の方が、え!私彼女じゃないの!?と言ったら、もう天才的だよね、何もかもが、と爆笑された。笑ったり泣いたり、忙しい人。忙しくて可愛い人。

 

そこからはご飯を作って二人で食べて、公園で花火をしてここではいけませんと注意されたり、二人でケラケラと笑って、家に戻り、事件はその夜、現場で起こる。