聴こえてくるのは、雨の音。

ある意味、避暑地(自分だけ)

恋の幕引き

『なんか…残念だった。こういう言い方って適切なのかどうかわかんないけど』

彼はそう言った。

 

数日前、彼の学友が集まり食事会があった。開催地は大阪だったので翌日の都合もあり日帰りで駆けつけ、深夜に帰宅した日の事だ。その席には、昔、五年間同棲した彼女が出席なさっていたのだそうだ。勿論、本人には何も知らされてはいなかった。昔の彼女にあっただとか、連絡を取っているだとか、そういう話を彼から聞いた事がなかったので

 

「そうなんだ。良かったじゃない。お元気になさってた?」

と私は聞いた。私自身はあまり、男だから好きだ等限定された物がなく、人として好きだ、という相手としか付き合ってこなかったので、恋愛というよりもそれは、人間関係として成り立ってしまっているので男女としての関係は終わってしまっても、新たに友達、として歩む形で連絡をとっている方が多い。全く連絡を取らなくなった、という人は数える程もいない。その為に、それは"良い再会"であった、と思い込んだ。

 

彼女の一言目は、久しぶり、でも、元気だった?、でもなく「老けたね」だったそうだ。それを周りが何故か必死でフォローし、老けたじゃなくて貫禄が…とかなんとか…その様が本人にとってはとても滑稽で面白かったらしく、周りの方が気を使っていたよ、との事だった。

 

彼は今でも同年代と比べると若く見えるので、昔の心許なさや飄々とした風情がなくなったとして、私も"老けた"という表現とは少し違うと感じ、

あなたの気持ちを考えて、や、その状況を考えてのフォローではなく、ただその表現のかみ合わなさを皆が指摘しただけではないか、と伝えたが、彼の浮かない顔の原因はそこではなかった。

 

もっと、自分でも、再会は良い物だと思っていた、と。

 

若い時代に五年も同棲をして、周りも本人達も、このまま結婚するんだと思っていた頃の急な別れだった。別れの原因となったのは、自分はこのまま何もなしに働いて家庭を持ちそれを幸せだと思いつつ終わっていくのか、と考えながら部屋で、雑誌を眺めていた時、彼の心を押さえたものは求人広告の"誇り高き革職人求む"の文字だった。

 

後で彼女に連絡しようと思いながら求人先に電話をかけ、その日の内に東京へ行く決意をし、部屋を出た。そしてそのまま、彼は職人となった。彼女にも、こちらへ来ないかと誘いを入れたが、生憎彼女には彼女の生活もあり、決断出来ぬまま、別れが来た。

 

両者の親にも既に紹介済みで、彼の妹(現私の義理の妹)の海外であげられた結婚式にも彼女は出席なさっていたし、私たちの結婚の挨拶で初めて彼の実家を訪れた際には、今ではもう動くこともままならない施設で過ごす大ばあちゃんが健在の頃で(わしゃてっきりあの子が来る思うとったのに、この子は誰じゃあ)と言い放ち、家族が困惑するというエピソードもある位、お会いした事はなくとも私としても親近感の湧く相手であった。

 

そんな相手の後に出会ったのが私なのであった。

出会った頃の彼は失恋の痛手を引きずったままだったので眠れない事を嘆いていた。

 

 

その彼女と十年ぶり以上に会ったのだ。

例えば女性が昔の彼氏に会う場合、年月は男性に"地位"や"財"という社会的成功を齎すので、歳を重ねて太った、や、薄くなった、はあってもそれはまた年月として流せる。残念だったという表現にあたる物があるとしたら(逃した魚は大きい)という意味合いの方が大きくなる。逆に、では、女性の場合、と考えると、社会的な地位等よりも結婚して母となっている可能性(もしくはシングルで子供を育てている可能性)の方が高くなるので、多くの残念は、見た目であったり、その頃思い描いていたいい加減さが年を重ね、しっかりした女性となっており"残念"となる。

 

『若くて良い頃だけを貰った形になって悪いと思ったけど、残念ってのはそういう意味じゃない。自分の好きな人ってこんな人だったっけ、って思った。どこをどう好きだったのか全く思い出せなかった。今の自分がある事がこの人なら出来たかどうかと問われたら、それはないなっ、て事しか』

 

「それは、今の自分がとても満足だって意味?」

 

『そうだねぇ。自分はこの世界(仕事)で何とかやっていける事しか考えなかったし、それで今があるわけじゃない?沢山泣かしたし、貧乏も散々あなたにさせたわけだけど、やっぱり俺の目は間違ってなかったっていう答えの代わりに、残念な再会になってしまった。』

 

と言った。

 

「幸せでは、なかったの?」

と尋ねたら、自分と別れた後に彼女の身には様々があったらしく、それは孤独そうな物で本人にとると幸せかもしれないが、周りから見ると決して幸せとは呼び難い、そういう時間を過ごされたらしい。

 

『もう少し、幸せそうならね。でも、そういう事を聞いてしまうと俺では荷が重い。多分支えてやれない。ある程度、自分で自分の人生を切り開く強さのある人でないと、あのまま行っていたらお互いにダメになってたと思う。でも、なんか、それでも良かったなぁって思ったけどね。どうしてるかなってのは、気になってたから』

 

彼の言葉は正直だった。

十年以上たって、自分が置いてきた恋が納得のいく形で、幕をひいた。

 

「あなた、明日また朝から、打ちっぱなしいくんでしょ?汗でもかいてきたら?」

『そうだそうだ、明日朝からラウンドあるんだった。風呂入って寝るわ』

 

生きていると、会おうと会うまいと、"存在"する。

どこでいつ、だれに会っても、相手の愛してくれた時間を曲げないよう、どんな形でも幸せでいたい、そう思った。