聴こえてくるのは、雨の音。

ある意味、避暑地(自分だけ)

キミの話-第一章 vol,10

その、亮介も困っているという相手は駅前で待っている。ヤバい人なの?なんかこう…そっち系の?と尋ねるとそうではないらしい。でもきっとみゆちゃんならそんなに嫌な顔もしないと思う、と言った。どっちが?向こうが?私が?

 

その人はサエという名前だった。サキ、かもしれない。もうあまり覚えていないが、とにかく素っ頓狂でガチャガチャの色合わせで、私は絶対にしない!というような服を着て待っていた。ジーパンのひざ下あたりに☺マークのアップリケがついていて、少し前のバンドブームの頃にはよくみたなぁ…というような、そんな恰好。夏なのに暑苦しい重装備。

 

亮介が近づいて声をかけるととても嬉しそうだったが、私を引っ張って

『あ、俺のだいじな人』

と彼女に紹介すると途端に何かが喉に詰まったような顔をした。私は変わらず、こんばんは、と笑顔でいってのけてお茶でも飲みに行くかという話になった。

 

亮介と私が並んで座ろうとするとその女がスッと亮介の隣を取ったので、私だけが二人に向き合う形で座った。

"亮介くんのだいじな人ってお友達?"

私が目の前にいるのに私をじろじろ見ながら口元を手で隠すようにして亮介に耳打ちする。丸聞こえだ。口元に持って行った手で重装備の袖が肘に向かって落ちる。赤黒さとピンクのグラデーションカラーが腕の表面を包んでいた。チョリソーやドイツハムみたいな色をして、皮膚とはまた違う異質の光沢を放っており、見てはいけない物を見てしまった…と思った。

 

『ははwそういう事じゃなくて。彼女だよ。俺この人と結婚すると思うわ』

亮介が普通に答えたらこの人がヒソヒソ言ってる意味がないじゃんか!と思ってテーブルの下、足で足をつつく。女がしばらくキョトンと間の抜けた顔をしてから、何かとても、目の定まらないような雰囲気を漂わせて

 

"あ、彼女できたんだ。教えてくれればいいのに。メッセンジャーならしても、返事なかったのそういう事"

 

と言った。こういう時、女は雰囲気でわかる。この女は亮介が好きだ。私は話に入らない方がいいと思い、煙草きらしちゃったみたいだから買ってくるね~ごゆっくり~、亮介は?煙草ある?と気を利かせ店を後にした。ヤバいって、そっちか!ヤバいっていうか、刺激して良かったの?目ぇ行っちゃってたじゃん……そんな事を思いながらコンビニで煙草を買う。

 

戻ったら二人とも恋人同士みたいに並んで座って話しており、ちょっと安心する。女の方も全く気にしていない様子で、あ彼女さんお帰りなさい~と言った。亮介がトイレにたった時、女が

 

"彼女さん、友達になりませんか?メアドと番号交換しましょうよ!"

と言ってきたのでいいですよ、と交換した。私からは連絡はしないだろう。しかし、これは私が、甘かった。その女の作戦は既にそこから始まっていたのだ。

 

物事は後になって気づく。私があまり警戒心を持って人と接する方ではなかったので尚の事、私の場合は後で気づく、が人よりも多いかもしれない。そもそもの話なのだ。だいじな人と紹介されて友達?と聞き返すか?むりやり家を訪ねた挙句、連れている相手との関係性もわからないのにその人の隣は自分だと信じている事、メッセンジャーが繋がらないくらいで家に訪ねられたらたまった物じゃない。

 

駅で別れてからの家への帰り道、亮介に聞いた。

 

「やったの?」

『はい??』

「彼女と寝たのかって」

『ないない。どう考えたっておかしいでしょww向こうは好きだって言ってたけど、俺は話きくならできるけど…って、言ってたしw』

「亮介がトイレいってる間に友達になろうって言われたよ」

『気に入られたんじゃないの?だいたいさ、あれだよ?俺には毛深いあの人がいたし、別れたら考えるわって、話の流れでこう…うまく流してて、んで、今日だよw』

「うまく流せてないじゃんw」

『なんで?みゆちゃんの事可愛いねって言ってたよ?』

 

頭の良さとこういう部分は別物なのかもしれない。

 

「女心考えなさいよね~?毛深いのがいるなら仕方ないと思ってて、その後に私が彼女だって紹介されたら、え?私は?ってなるじゃん。ああいうタイプは刺激しない方がいいのよ。手ぇ…見えたけど……ヤバかったじゃん」

『あー…見たの?精神科かよってんだって。リスカしまくってるわw』

 

「苦手だわぁ~そういう人ぉ…連絡先は交換したけど、事あるごとに助けて下さいって言われるの、私やだからね。誰だって死にたいなんて思う事あるけどさ…自分を傷つけられる人って他人に対してもそんだけ残酷になれるって事だからね?他人にならもっとかもしんない。そもそも手加減するからああなんだろうし。それが相手となったら自分は痛くないんだから手加減なんかしないよ?ジャンル違いってフォルダーに登録したけどさ」

『みゆちゃんさ。俺また好きだわ』

「なにが?」

『気ぃきかして外でたっしょ?ああいう気づかいできる子ってなかなかいないじゃん』

 

笑ってしまった。社会人になれば上役同士、そこで話がヒートアップしてしまうと他は席を外すのが普通だ。状況を読む、これがないと会社員としてやっていけない。なんなら、君たちちょっと落ち着きたまへ、そんな事は会議室でやってくんないか?とお茶でも淹れて、はいどうぞ♡である。

 

「亮介さ、社会人なったら、周りいい女ばっかりで困るよ~?ヤキモチ焼いちゃって悩み事増えんの、私の方かもしんないねw」

 

部屋について昼間に観ようなんて言っていた映画をつけて、それでも二人とも内容を知ってしまっているので、マットレスの上で並んで寝転んで指を絡めたり、亮介の肩口に頭をのせてみたりしながら色々と話した。亮介はニヤリとしながら

 

『こども、できないかなー。今日ので』

 

と言った。リュープリンの治療は半年スパンで年始から始めて半年で終わり。来年の頭まではないもののピルは飲んでいた。そうしないと内膜が落ち着かない。19歳、20歳で二回手術した。再発、再発を繰り返すので医者はさっさと子供産むかして取っちゃった方が楽かもね~ちょっとなかなか難しいなー、あなたあれかな?ホルモン系統、元々弱いのかな?と言っていた。

 

そだねー、できるといいねーwパパ大学生だってww笑っちゃうね~。主夫ってやつだ??むいてるかもねーそういうの」

 

『今日さ、俺、久しぶりに勃起したんだwだから多分、一杯出たよ??出来たら産んでね。俺大学やめてさっさと働くし』

 

久しぶりに勃起した、と言った。まだ若いのに何を…と言いかけて、薬の事があるのを思い出し言うのをやめた。副作用にそれらが並んでいた。すぐに手を出してこなかったのはそれもあったのかもしれない。抱けなくてもキスくらいはするだろうと思っていたが、亮介は私の帰る駅の改札までそうしなかった。人には人の事情がある。亮介のお腹を撫でながらいつの間にか二人して眠った。

 

翌日の朝、今日着る分以外は洗濯してここに置いていけば?どうせその内みゆちゃんの家になるんだし、というのでそうする事にした。亮介は洗ってあげる、と洗濯物を洗濯機に突っ込み、脱水が始まって揺れる洗濯機をニヤニヤしながら中途半端なうんこ座りでずっと眺めていた。

 

「なにしてんの?なにみてんの?」

 

と聞くと、ずっとニヤニヤしたまんま

 

『俺らの洗濯物、こん中で絡んでるんだなぁ~と思ったら、幸せだなぁ~と思って。』

 

可愛い人だな、と思った。つくづく可愛い人だった。私よりも私が好きで、自分なんかよりもいつも私を優先した人。テラスに出て洗濯物を二人で干しているとナツメさんが顔を出し、ナツメさんに餌もあげて二人してブンブンと洗濯物を振り回しながら

 

『俺さ。始めん時、中に入れば俺がここ好きな理由がわかる、つったでしょ?』

「あ~。うん」

『こいつがいるからなんだよね。こいつが来てくれるから俺、引越せないのww俺の事なんか愛してくれるやつ、こいつしかいねぇなぁ…って思ってたから、置いてけなかったの』

 

洗濯物を干す手を止めた。そんな風に自分の事を表現しなければならなかった彼の背負った環境に悔しさを感じたので、自分の気持ちも定かではなかったが

 

「んじゃあれだね。どうせその内、子どもも増えると仮定してさ、動物飼えるとこ?引越しちゃおうよ。そしたらナツメさんも私も一生傍にいるんだし、寂しくなくっていいでしょ?」

 

重要な事をストレートに投げる勇気もなく、子どもを授かれるだなんて夢のまた夢みたいに感じて何の気なしに、を装って、ハンガーにかけたシャツをちゃらり、と物干しへ。春にはチューリップが咲くという花壇はナツメさんの粗相の山で、ただただ塀に囲まれるだけの何の色気もない場所で、亮介は私を後ろから抱きしめて

 

『俺の髪とみゆちゃんの髪の匂い、いま、一緒だね』

 

部屋に入ってテーブルの上を片づけたりしている隣、亮介は本を読んだりしていた。外は生ぬるい匂いを窓から漏らし始めた。洗濯物を干したばかりだったのに急な雷雨の訪れで、亮介がいち早く本を置き、やばいやばい、みゆちゃんのが濡れちゃう!と外に飛び出して、わーべしゃべしゃんなっちゃった!みゆちゃんの洗濯物は俺が抱えてたからセーフだよ、と言うその、少しずれた眼鏡が曇ってた。自分と自分の洗濯物は濡れているのに私のは守ったからよい、なんていう理論がこの世に存在するのか?と思うと愛しくなって泣きたくなって、べしゃべしゃでつったったまんまの亮介をぎゅうっと抱きしめて言った。

「みゆちゃんのが濡れちゃうって…とっても、エロい」

 

みゆちゃん濡れちゃうよ?と更にまた心配するので、愛しさもたけなわ、今まで放っておいてごめんね、と言ったら

 

『俺が求めてたものが、世界が、ここにあったわ…』

と呟いて泣いた。なんて弱くて寂しそうな生き物だろう。私もいつも寂しかったけど、誰かの前でそれを出そうだなんて思った事はない。亮介はもう本当に小さな男の子のまんま、大人になったのだ。でもなんとなくその時に、この人は私がいれば薬なんかやめられるかもしれない、心からそんなの昔の話だよ、と笑える時がくるかもしれないな、と思い、自分の時をそこに賭けてみるのも悪くないな、と思った。

 

昼からはもう何が何だかよくわからないような状態で求め合い、愛し合い、中折れもせず、何度も何度も愛を交わした。煙草を吸いに亮介が私に背を向け、マットレスの端に座り、ついていたパソコンのマウスを動かしてから言ったのだ。

 

「なんだ…?これ…」