聴こえてくるのは、雨の音。

ある意味、避暑地(自分だけ)

キミの話-第一章 vol,5

よく眠った。本当によく眠った。丸くなっていた体をぎゅうっと伸ばすと足に何かが当たった。ん?これはなに?足でゴソゴソしていたら結構派手な音がして驚いて飛び起き、それが足の長い丸くてパカパカとするアメリカンなボーリング場にありそうな灰皿であったと気づき、私は一体どれくらい…どこに…ここどこ!?となって飛び起きた。

 

足元であーあーあーあー、と言いながら、亮介がこぼれた灰をなんとかしようとしていた。あー!やったぁー!今何時!?会社に電話してない!ヤバい!やった!!ひとりパニックになって携帯を手繰り寄せる。着信が何件か。メールも何件か。急いで会社に電話をしたら同僚が気をきかせて、連絡が入っていたのに伝えるのを忘れていたと上には話しておいたから、と言ってくれた。助かった。メールを見ると、どっちでもいいセールのお知らせ、興味のないメルマガ、そしてマサトから。

 

---つぅか俺ら最初っからセフレと変わんねーじゃん

 

………終わった。…だよね。そうだよ、私の六年は私がちょっとでも文句言おうものならこうして終わっていく、なんて事はわかってたものだった。朝とは呼び難いが、一日の始まりにそれはあんまりだ、と思った。マサトはモテる。360度どこからみてもモテ要素しかない。仕事が出来る、身のこなしも洗練されていてルックスも最強、笑いのセンスもある、あれは神が与え賜うた悪魔だ、と思う。

 

んー……地球爆発しろ!そう思いながらマットレスの上で体を捻る。会社叱られた?と亮介が笑う。

 

「んーんー、セーフぅ…そこじゃない…彼氏、あ、元か…そこから、すっげぇ嫌味なメール入ってたから……。ありゃ、亮介、寝なかったの?あ…ごめん…いびきがうるさかったんでしょ!!?最悪~ごめんー」

『いや、俺電話したり、色々してたからw』

「あ、そーなの?邪魔しちゃってたねー私、ここ占領しちゃってさ」

『いいよー、俺、昨日の夕方までがっつり寝てたし、全然眠くないから問題ない~』

 

体を起こすと途中で買い物に出たのかテーブルの上にレジ袋がのっていて、コーヒーが入っていた。そんな事も知らず他人の家で悠々と快適によく寝ている私。気のせいか少し部屋も小綺麗になっていた。トイレにたって洗面所で顔を洗う。ユニットのよいところは手狭ながらに全部まとめて済ませられるそのコンパクトさにあると思う。

 

昨日まで壁にあった毛深い女の写真がない!持ち歩き残業セットから取り出したグッズで歯磨きをしながら、亮介~写真がない~ともごもご言い、吐き出して、顔を洗い部屋に戻ると

『その電話してたからw』

と言った。その電話?毛深いに?毛深いになんの?

 

『今うしろで新しい彼女が寝てて、いびきがすげぇんだけど、そんな姿もまじ可愛いんであんたとは別れますって言ったの。そしたらすげぇ怒っててさ…でも知ってんの。あいつ他に男いたんだわ。だから、毛深いのも愛してもらえるといいですねっつって、電話切ったのww』

 

笑いごとなのか。笑いごとではないだろう。いや、笑いごと??なに??思考が追い付かないのでテーブルの上のレジ袋からコーヒーを貰う。煙草を吸う。ああ。なるほど。好きな子が出来て、その子には今から告白するんだけど、ちょうどいい時に私がいたから私は無意識の眠りの演者1を務めたわけか。

 

「まぁ…よくわかんないけど、お役に立てたなら幸い。。まったく知らない人に人のいびきをBGMで流すのもどうかと思うけどねー。でもまとまったんならよかったねー」

 

とひどく棒読みしながら煙を吐き出す。頭の中ではマサトからのメールの事を考えていた。どうせまた、私のところに近いうちメールが入り、何事もなかったかのように、ああやって言われて俺はすねただけ、だとか、本気にしたの?可愛いな、なんて言って次に持ち込むのだ。あの人はいつもそうだ。でも、好きだった。好きなのは私の方だった。仕方ない。。。

 

「昨日と服おんなじだし、コーヒーのんだら準備しておうち、帰るね」

 

と亮介に言うと、え、帰っちゃうの?と言った。え?帰っちゃダメなの?

 

『また来る…?』

 

と心細げに聞いた。小さい男の子みたいだった。その様に残酷になれず、また遊ぼうね、と言うと、なんにも言わずに抱きついてきて、私の眠っていた間にシャワーを浴びたんだな、と知った。襟元の大きくあいたサラリとしたシャツを着ていて、首筋からお風呂上がりのぬるい香りがした。

 

『どこにも行かないで』

と声が降る。私の眠っている間に一体何があったというのだ…。亮介は泣きそうな顔をして、目にはとても弱々しく映り、私は彼の銀色の髪を指で漉きながら

「眠ってないから情緒不安定なんじゃないのぉ?よくないよー、寝ないと」

と言いながら、漉いていた指をこめかみに移動させて、あーがりめ、さーがりめ、をしてやったら、めちゃくちゃ好きになりそうだ、と呟いた。ガムをかんだ後のラズベリーの香りのする甘い吐息が私の鼻にかかり、続けざま、勝手に彼女にしてごめんね、と言った。いいえ、と笑うと、またぎゅうーっとして、めちゃくちゃ好きな人が出来た!と嬉しそうで、その時に、ああ好きな人って私だったの…と思い、こんな鈍感だからセフレだと思われていても気づけないんだろう、とも思った。

 

亮介は今日中にここに戻ってくるかどうか、を聞いた。

 

今日中とはいかないけれど、明日と明後日は初めからお休みの予定だから、今日は戻って明日会おうというととても寂しそうだったけれど、戻ってきてくれるならいいよ、という事と、着替え持っておいでね、という話と、会わせたい人がいる、と言った。

 

うんうんと頷きながら、テーブルの上に散乱する細かいゴミを、コーヒーを取り出してもう空になったレジ袋に入れ、帰りに捨てておくね、と手に持った。駅まで送ると言った亮介はシンプルでリラックスした服を上手に着こなしていて、なんだかとってもオシャレに見えたので、そっちの方が似合うよ、と言ってみたり、派手な頭も好きだけどそうした格好にはもう少し濃いめの色が混じると安物くさくならないでいいね、だとか、色々を話しながら、どこからどう見ても恋人同士の雰囲気で駅までの道を歩いた。

 

夏の駅前のロータリーにはレゲエを流しながら白のワンボックスが停まっていて後ろではピンクのフラミンゴを売っていた。可愛いー♡なんてよそ見もして、じゃあまたね、と手をふる時に、私たちはキスをした。初めてのキスをした。

 

亮介はもう一度、みゆちゃん、またね?と確かめるように言った。