聴こえてくるのは、雨の音。

ある意味、避暑地(自分だけ)

キミの話-第一章 vol,6

 今になって思う。何年もたって今になって思う。人には年齢がある。それでも生きる魂には、その時何を考えて、何を愛し、何を学んだか、それらが肉体とはまた別の、魂としての年齢を決めていくのだと思う。小さな大人もいれば、大きな子供もいる。亮介は世の中の誰よりもまっすぐで不器用で、小さな子供のようだったけれど、魂は大人で、ずば抜けた感性と洞察力を持ち、芸術的な品に満ち溢れ、人として本当に格好良かった。愛されて幸せだったと思う。向こうが望むように愛してあげられたのかどうかは、わからないけれど。

 

 

亮介の部屋で過ごした時間とサヨナラし、家に着く。夏のワンルームは地獄だ。扉をあけると層の厚い空気が一気にムワッと押し寄せる。バックドラフトかなんかなのか。人が留守の間に一回その蒸し暑さがスーッとひいていくような現象が起きているのかな…人が帰ってくる頃を見計らい、それらを一気によこすとは…計算しつくされた夏の嫌がらせ。。女の部屋でこれだもの。単身赴任の上司の部屋なんかは最悪だろうな…と想像して身震いした。

 

どうでもいい事を考えて時間を過ごすのは得意だ。出来る限り、携帯から意識を離す。

 

そろそろ服が満タンになりそうな洗濯機は、もう何日も何日も回していなかった。酒やコーヒーの缶をちゃんと洗わずにレジ袋につっこんだだけだったので台所に放りっぱなしにしていた袋からはすえた臭いがした。人の部屋に文句が言えない。夏の独り暮らしはどこも皆、同じような物だ。細かいゴミをはしから拾い上げて45Lのゴミ袋に突っ込んでいく。マサトと食べに行った寿司屋の領収書、その後によったホテルの明細、あぁ、いちいち胸がいてぇなぁ…そもそも私はなんで仕事を休んでいるんだろう。しかし私の目的は部屋の掃除ではない。ちゃっちゃかちゃっちゃか、どんどん突っ込み、持ち歩いていたバッグと亮介の部屋から持ち帰ってきたゴミの袋をソファの横にどんと置き、煙草に火をつける。

 

目的は、これだった。

亮介の部屋の机の上にぶちまけられていた大量にあった薬の空だ。パツパツとはじき出された薬のシートの裏側に、印字の残っている物もあれば、破れて見えなくなった物もある。読めるものだけを書き出して、検索にかける。こういう時のVAIOです。2004年当時、B5サイズのノート版は最新モデルで外で無線で繋ぐとなるとwi-fiは地の底だったけれど、宅内LANならスイスイだ。仕事で使用する事の方が多かったのでこちらは余計な物を入れていない。何にも邪魔されず、したい事を可能にする、便利な箱。

 

なるほどね。予想は当たっていた。抗不安薬の類だ。しかも大量の。

 

私が眠っている間に一体何があったのかと思う程、彼は弱々しく映った。深夜に長く起きているのも眠らないのではなくて眠れないだけだ。頭が賢い、脳のよく動く人ほど悩みは多くなるし、常に考える。私くらいの鈍感さでちょうどいいのだ。

 

言ってくれればいいのに、と、言えないか、が同じ温度でそこにあった。安心したのはもう治らない不治の病のような物でなかった事である。亮介はまだ若い。いつだってやり直しはきくし、薬を飲み続けても生活はしていけるだろう。あんまりに不安そうな眼の色をしたので、私はそれが気になった。サヨナラが苦手なのかもしれないので上手にまた明日ね、と安心させて離れてよかったな、と思った。

 

勿論うそを言うつもりはない。明日は会おうと言ったのだからきちんと会うつもりだ。でも私は亮介ほど恋心は盛り上がらなかった。当たり前か。好きな人がいるっていうのはそういう事だ。少し考える、一人になる時間が欲しかった。夕方から知り合いになったdjが横浜の赤レンガでクラブイベントをすると言っていた。そっちに出向いてバーッと派手にぶちかまし、盛り上がってまーす♡の写メもありだろう。上映中の映画を一人で観に行くのもいい。当時は放っておかれる事がなかった。独りでいれば隣あいてますか?と言われ、歩いているとどこかお探しなら案内しますよ、と言って貰えて、退屈はしなかった。でも、好きな人に好きだと言われないでいることは寂しかったし、いつまで経っても慣れなかった。

 

人はなぜ恋なんて物をするんだろう。私なんかは誰と付き合っても同じだ。いざとなって結婚となったら尻込みするしかなくなる。婦人病を患って自然妊娠はなかなか難しいかも、と言われ、そうなってくると結婚も難しくなるのに更にはあわせる親もいない。だから結局、誰と恋をしても同じなのだ。恋の結末だけは自分一人では変えていけない。終わりが見える恋しかできなかった。だから、誰とでもフワフワした。その中でも一番に好きだったのがマサトで、私はあの人に、俺の女、と周りに紹介されるが好きだった。あの人の私を翻弄するやり方が好きだった。でも、人間的に好きかと尋ねられるとどうかな?というところ。私はマサトを男として好きだった。人としてはろくでなしだと思っていたし。

 

何をして過ごすかソファに横になって考えていたらいつのまにか眠っており、窓から入ってきた蚊の煩さで目が覚める。部屋はいつのまにか真っ暗で、電気より先に冷蔵庫に歩き、冷蔵庫の明かりで缶チューハイの栓をあけ、冷蔵庫をあけたまま、漏れる光で部屋をすすみ、久しぶりにデスクトップを立ち上げメッセンジャーにログインする。

 

キラリンキラリンキラッキラッキラリーン

 

連投、連投、連投の嵐の一番下のメッセージに

 

"みゆちゃん、牛乳好き?"

 

という謎のメッセージが入っていて少し笑ってしまった。片手で

 

"好きだよ"

 

と打ち返すと眠らずにまたPCの前に座っていたのか

 

"俺の事?"

 

と入った。冷蔵庫をあけたまま廊下に出て、廊下の電気をつけてから冷蔵庫をしめに行き、廊下の明かりを辿ってバスルームにたどり着き、脱衣所の鏡の前で髪の毛を梳いてからPCの前に戻り、缶チューハイに口をつけ

 

"どっちも"

と打った。東京の夜は誰も彼もが眠らずに、いつもどこか誰かしらが、寂しそうだ。

 

"明日会えるね。明日また会おうよ。駅についたら電話して。あ、駅に着く前がいいな。

ワン切りして。そしたら待たせずに済むから"

と電話番号がついていた。私たちはお互いの電話番号も知らなかった。